第43話 戦うことは生きること

「テラ、あいつのこと知ってるの?」

「……遥か昔、幾度か剣を交えた。来るぞ」

 大剣の斬撃が容赦なく飛び、剣を振るうだけで地面が揺れ風の向きが変わる。テラの防御壁があっても突き破って確実にダメージを与えてくる。


「ぐうっ……!」

 凄まじい全体攻撃に一行はグッと歯を食いしばって耐えた。服装がフラムの炎を受けているおかげで、陽介は軽い打撃を受けた程度で済んでいる。それでも装備はボロボロ、アリエッタが回復魔法をかけているが、追い付かないほど相手の攻撃速度の方が上回っている。アルデバランの持っていた杖を媒介にして、全体に行き渡らせるのだけでやっとやっとだ。


「さっきは邪魔されたけど情報を出さなきゃ。絶対ヤバいやつだってこれ」

 虚ろな目の魔戦士は魔王への忠誠の言葉を繰り返し口にしている。魔王は蘇ったぞと叫んだが言葉は届かない。とても対話できるような状態ではなく、戦う以外に取れる選択肢はなさそうだ。


「よし、ここだ!」

 壊れた防御壁が砂煙になると同時に陽介がステータスを開くと、魔戦士の職に恥じぬ能力が表示された。


 ベラトリクス:魔族♀(1547)

 職業:戦士LvMAX

 HP:たっぷり

 MP:たっぷり

 攻撃:とてつもなくつよい

 防御:とてつもなくかたい

 魔法攻撃:とてつもなくつよい

 魔法耐性:とてつもなくかたい

 素早さ:とてつもなくはやい


 スキル

 全属性耐性LvMAX:相手からの攻撃の威力を全て半減する

 状態異常無効LvMAX:状態異常にかからない

 攻撃特化LvMAX:物理攻撃の威力が上がり相手の防御を貫通するようになる

 HP&MP自動回復LvMAX:HPとMPが時間経過で回復する


「こんなのとまともにやりあったら勝ち目がない!」

 陽介は逃げられそうな場所を探すが、建物が壊れて付けていた目印が無くなり、また道がわからなくなってしまった。このままでは逃げ出しても無限ループに閉じ込められてしまう。


「それでも戦うのが戦士ってもんよ!」

 リベルタは強風を巻き起こし、土煙をさらに巻き上げて相手の視界を悪くすることで体制を立て直そうとした。しかし、大剣の一振りですぐに振り払われてしまった。


「こうなったら」

 呼吸を整え大鷲に変化しようとした……ところを、テラが掴んで戻した。

「おっとっと、何すんのよ!」

「奴は我の獲物だ、手出しは無用」

 テラはキッと張り詰めた表情だったが、口角がほんの少しだけ上がっているのをフラムは見逃さなかった。

(ああ、あいつの悪い癖が出たな)

 援護しようとしていたフラムは、そのまま炎を飲み込んでけふっと煙を吐いた。


「グルルルルルル!!!」

 雄たけびを上げ地面に片腕を突き刺すと、土と石の力を宿した大斧を作り出し、片手で持ち上げベラトリクスに斬りかかった。

「全ては、魔王様の為に」

 重い一撃を避けもせず体で受け止めたベラトリクスは、平然としている。手の甲で軽く叩くだけで攻撃をはじき返した。


「そうだな魔戦士、そうでなければ面白くない」

 テラは歯茎をむき出しにして笑った。


「な、なんかテラおかしくないか……?」

 陽介はテラが笑っていることを不気味に思った。こんな状況で何故笑っていられるのか。武者震いというよりは、楽しんでいるように見えて、一歩後ずさる。

「忘れてたわ、あいつの戦い方」

 リベルタはため息をついた。


「テラは狂戦士だ。常に強いものとの戦いを望んでいる」

 フラムもやれやれといった表情で呆れている。

「ええっ!? あんなに温厚なのに?」


 奴隷市場解放からの数週間、土の大陸で寝食を共にしていたがそんな素振りは微塵もなかった。確かにいつも無口で喋っても二言三言くらいだったが、言葉少なくとも民を愛し民に愛され、叱咤するときも手を上げるようなことはない、優しく見守る父親のようだった。


「信じらんねぇ……」

 陽介はあっけにとられ、そのまま口をぽかんと開けて戦いの様子を見守るしかできなかった。

「こっちこっち。せめて物陰に隠れないと、巻き込まれちゃうよ」

 アリエッタに手を引かれて、陽介は攻撃の範囲から少し離れた場所まで移動した。できれば退路を確保したいところだが、ベラトリクスはこちらの様子も的確にとらえており、動こうとすれば斬撃が飛んでくる。


「グルルゥ! ああ、そうだ、これこそが生きていることだ」

 最初こそ劣勢だったが、段々とテラの動きが良くなってきた。ベラトリクスも片手で抑え込んでいたが両手を使うようになり、大剣と大斧がぶつかり合ってもお互いに譲らないようになった。防御壁を蹴って空中から飛び掛かる様は、まさに狂戦士の様相だった。


(カノープスが痛みを生きる喜びだと感じていたの、奴隷として調教されたこともあったんだろうけど、テラのせいなところもあるんじゃ……?)

 陽介はちょっと疑ってしまった。


「全ては、魔王様の為に」

 それでも、ベラトリクスの方が優勢だった。どれだけテラの攻撃を喰らっても半減する上すぐに回復するので、致命的なダメージは受けない。攻撃力と体力をチートで大幅に上げられているので、どれほど動いても消耗しない、つまりは全く疲労せず攻撃し続けることが可能だ。


 しかし、交戦しているうちに、どこか懐かしい高揚感が沸き上がっていた。彼女からすれば魔王の敵である忌むべき勇者と戦っているはずなのに、この楽しい気持ちはどこからくるのだろうと、今自分が置かれている状況に対する一抹の疑問が過った。


 それを否定するように、頭の奥側がズキズキと痛む。目の前で生きている者全てを殺せと体を突き動かす。

「……魔王様、の、為に」

 戸惑いを振り払うように放たれた斬撃は、テラの右腕を切り飛ばした。


「テラ!!!」

 陽介たちが駆け寄ろうとした瞬間、建物の屋根から飛び降りて戦いに割って入る人影が一つ。着地するなり文句を垂れる。


「えぇ~まだ誰も死んでないじゃーん! ふぉりちゃんに後で文句言ってやるんだから!!」

 陽介は、見覚えのある面影にはっと息をのんだ。

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