第47話 勇者エルメス

 開いた扉の先は、謁見の間のように広く、玉座まで赤い絨毯が真っ直ぐに敷かれていた。

 その玉座で、頬杖をついて座る青年がいた。彼こそエルメス・アラート、魔王を倒し世界を救ったはずの勇者だ。邪魔者が入ってきて露骨に嫌そうな顔をしている。

「空気ってやつを読めよ。俺がこれから神を超えるって時にさ」


 陽介たちが部屋に入ると、玉座に集まっていた金色の光が輝きを失い四散した。時間ギリギリのところで間に合ったのだ。

「お前がエルメスか!」

 陽介が手をかざしステータスを見ると、これでもかというほど強さを誇示するような値が表示された。



 エルメス・アラート:おとこ(18)

 職業:勇者LvMAX

 HP:最強

 MP:最強

 攻撃:最強

 防御:最強

 魔法攻撃:最強

 魔法耐性:最強

 素早さ:最強


 スキル

 勇者:このスキルを持つものの行いは常に正義となる

 創造LvMAX:ありとあらゆる物を創り出す

 千里眼LvMAX:この世界で起こる事象全てを見透す。罠や殺意の感知も可能

 魅了LvMAX:性別が女、メスであればどのような者であれ魅了する

 服従LvMAX:人間、魔族ならどのような者であれ服従させられる

 真実の眼LvMAX:物の真贋を判別できる。嘘を見透かす事もできる

 思考透視:目の前にいる人物が何を考えているのかわかる

 世界改変:ありとあらゆる事象を「上書きオーバーライト」できる

 

「ズルってレベルじゃないな。酷いっていうか、醜い。こんなものでやりたい放題やってたなんて……」

 陽介はゾッとした。もし自分が持っていたとしても、絶対に使いたくないようなものばかりだ。


「お前はえーと、名前なんだっけ? まあいいや、お前がこっち来た時から全部知ってる。確か、元の世界に帰りたいんだっけ?」

 ほらよと、エルメスが手をかざすと大扉が現れた。


「こっから帰れるから。な、それで手を打ってやるよ。ってか早く帰ってくれる?」

「ふざけんな! 散々この世界をめちゃくちゃにしやがって! 絶対日本に連れて帰る!」

 陽介はフラムが止めるのも聞かず助走をつけて、エルメスに切りかかった。が、当然通用するはずもなく、透明な壁にぶつかって体ごと弾き返された。


「陽介、無事か」

「いってて……なんとか。みんなのおかげだな」

 四精霊の祝福を受けた服のおかげで、陽介は軽く体を打っただけで済んだ。


「はあ~~~~思ってたよりめんどくせぇなお前。スキルもステータスもド底辺にしたってのに。戦うことを諦めて、家庭菜園とか作ってのんびりスローライフしてたら見逃したんだけどな。わざわざここまで来るとか頭おかしいんじゃないのか? ウザいんだよ、陽キャのくせに」


 エルメスは陽介に嫌悪の表情を向ける。何のスキルもないのに精霊と信頼関係を築いているのも、どんな人とも明るく打ち解けていくのも、好感度が上がらないスキルを付けたのにも関わらず奴隷の女達を開放できたのも、今こうして目の前で生きていることも、何もかも気に入らなかった。


 しかし、エルメスからは攻撃を仕掛けない。つまらなさそうに陽介の様子を見ているだけだ。

「何を企んでいる」

 反撃してこないことを不審に思ったフラムは炎弾を放ち、更に勢いよく吹き出した炎の波に乗せて玉座を焼こうとしたが、エルメスは炎を指先で押さえつけ、そのまま摘んで消滅させた。


「そうそう、白い狐とか映えないんだよ。パートナーに小動物とか九十年代アニメかっての。ヒロインが人魚なのも見栄えしなさすぎ、しかも勝ち気な性格とか暴力系ヒロインじゃん、もはや化石だよ」

 エルメスは話題を逸しうんざりしたように言う。炎を消した指に焦げ跡がついたのか、服にこすりつけて拭き取っている。


「誰が暴力系よ! あんたみたいな男、どんな子だって嫌うに決まってるでしょ!」

 この数年間無理やり歌わされ、取り戻したとはいえ声が出なくなり辛い思いをしたアリエッタは、水の龍を作り出してエルメスに襲いかからせる。しかし、これも指一本で止められて一瞬のうちに蒸発した。


「ほーらやっぱり。おお、こわいこわい。女の子はおしとやかで清楚が一番だな。駒にしといた四人はみんな従順だったぞ」

 誰の名前も覚えてないけどな、と冗談っぽく笑い飛ばす。


「良いように操ってただけかもしれないけど、カノープスもアルデバランも、お前のために戦ったんだぞ! それなのに!」

 名前すら覚えていないのかと陽介は怒る。弾き返されても透明な壁を壊そうと剣を打ち付ける。


「うん、それで死んだなら本望じゃん。赤の他人がそこまで怒るようなことか?」

 エルメスはバッサリと言い切った。陽介が何故激怒しているかわからず、キョトンとした顔で首を傾げる。


「人間じゃない……」

 アリエッタはあまりのことに口を覆った。精霊たちは人間を愛しているが、これほど倫理観に欠けた者は流石に擁護しきれない。

「どうとでも言え。お前達はもう少しで跪く側になるんだから」

 エルメスが妙に余裕のある素振りで、木彫りの像をふわふわと宙に浮かせて手遊びをしていることに気づいたフラムは、柱に飛び移って奪取しようと考えた。


「ああ、これ? この世界の神だよ。俺がこっちに来る時なんでも一つだけ叶えるって言ったからさ、未来永劫願い事を叶え続けるアイテムになれって言ってやったんだ」

 実行に移す前に思考を読み取られ驚くフラムの様子を、エルメスはせせら笑って言う。

「創造神になんという罰当たりなことを! 貴様、この世界をなんだと思っているのだ!」


「ラノベだろ? よくある異世界転生チートものの。俺TUEEE! して最強最高の人生を送るやつ。女も地位も名誉も思うがままの、お気軽楽勝人生ってとこかな」

 全身の毛を逆立てて炎を放つフラムに対して、エルメスは平然と答える。ラノベとはライトノベルのことで、現代日本における若者でもとっつきやすいような文章で構成された読み物のことだ。もちろんこの世界には存在せず、フラムとアリエッタはなんのことだと顔を見合わせる。


「こいつ……現実と創作物の区別がついてない……」

 陽介は怒りを通り越して呆れてしまった。よくゲームと現実の区別がついてない人間がいる話は聞くが、本物を見たのは初めてだった。屋外で体を動かすほうが好きな陽介はゲームにもライトノベルにも明るくないが、それが架空の世界だということはわかっていた。それを現実でやるなんて、どうかしていると思った。


「あのさぁ、俺は感謝される覚えはあっても、文句言われる筋合いなんてこれっぽっちもないんだが。日本語が喋れるのも、文字もひらがなっぽくしたのも、俺なんだが」

「なんだって……?」

 陽介は、エルメスの世界改変の恩恵を受けていたことにショックを受けた。おかしいとは思っていた。全くの別世界に来ているのに、言葉も文字もわかるなんて都合が良すぎるとは思っていたが、まさかそこまで変えられているとは思ってもいなかった。


「飯だって美味かったろ? サイゼリアで食うのと変わらない味に変えといたからな。だから、お前が言うべきなのは『エルメス様ありがとうございます』なんだよ、わかった?」

「ここ数年ずっと飯が不味かったのも貴様のせいか! こちらは迷惑被っていたところだ!」

 フラムは飯の恨みと言わんばかりに炎を吐き出す。エルメスに届かなくても、像を焼こうとすれば何か行動を起こすかもしれないと考えてのことだ。


「煩い獣だ。おまけにずる賢い」

 エルメスがろうそくを吹き消すようにふぅと息を吐くだけで、炎は鎮められてしまう。浮かせていた木彫りの像を手元にしっかりと戻すと、手をかざしてステータス画面を開き、指で何かを弄っている。


「!ケスウヨ ダノスドモリトヲウゾノア」

「フラムさん!? 何言ってんだ??」

 陽介は突然フラムの言葉が聞き取れなくなってしまった。フラムの方も陽介の言葉がわからなくなり、動揺している。


「?!ヨタッャチッナクナラカワ、ガバトコ」

「アリエッタも!? どうなって……」

「今言語設定をデフォルトに戻したんだわ。ご愁傷様」

 エルメスはやっと椅子から立ち上がった。


「お前、何をするつもりだ……?」

「何って、目の前にいる邪魔者に消えてもらおうとしているだけだが」

 エルメスは神の像を持って、願い事を口にした。

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