第38話 地下実験施設

 絶命したカノープス、もとい少女アーシアの遺体を背負ったロッチャの指導の元、土の民は地上へ戻っていった。陽介はフラムの枷を外し、アリエッタはリベルタに治癒魔法をかけ、民と共に脱出しようとした。


 しかし、テラにはまだやるべきことが残っているという。陽介一行は、一人にはしておけないとついていくことにした。テラが消された魔法陣を爪で描きなおし手をかざすと、更に地下深くへと通じる扉が現れた。開くと、冷たい風が吹きつけてくる。


「……嫌な匂いがするな」

 フラムは苦虫を嚙み潰したような顔をした。


「ここから先はアーシアも知らぬ。エルメスが我を捕縛した直後に作った部屋だ」

 石造りの階段を下りていくと、そこは雑多に機械や薬品が置かれていた。気味が悪いほど近代的な実験機材が轟々と稼働を続け、両脇に褐色肌の人間が入った円柱の水槽が並んでいた。苦悶の表情で叫び声を上げ続けているが、それはアリエッタが歌わされ続けていたのと同じようだと陽介は思った。


「これって、人じゃないか! 助けないと」

 手を出そうとした陽介を、テラが制した。

「もう遅い。この者達は皆死んでいる。死してなお、我に悲痛な声を聞かせるためだけに生かされている」

 

 テラの話では、エルメスは四精霊の中で最後まで抵抗した彼を、最大限に侮辱することを考え付いた。適当に選んだ土の民を目の前で無意味な拷問にかけ、死後水槽に入れて機械に繋ぐと、まるで生きているかのように動いた。


 生前の動きを繰り返し続ける装置で、悲惨な死を遂げるまでの数時間を何度も繰り返す。土地を自由自在に組み換える魔法で装置ごと部屋を地下深くに設置し、声が地面を伝って止むことなく彼のところまで届くようにすると、エルメスは穏やかな笑みを浮かべて魔法陣を足で擦り消した。その後競りの会場を作り、カノープスを指導者に置いて民を本格的に売りに出したのだと。


「これらを壊してほしい。我の力だけでは及ばぬ」

「いいわよ、アタシもこんなの許せない」

 リベルタはポキポキと両手を鳴らし、機材に掴みかかった。


「薬は一か所にまとめよう。私の炎で焼き尽くしておく」

 フラムは落とさないように薬品を部屋の真ん中に運んでいく。


「断る理由なんてない、死んでも自由になれないなんて酷すぎる!」

 陽介は怒りに震えていた。魔族だけでなく人間も死後の自由を許さず、ただ苦痛を与えるためだけに使い続けるような装置など、壊しても壊しても足りないくらいだった。


 リベルタに預けていた元の装備からメルシィを取り出して機械を打ち壊そうとするが、刃が通らない。

「どうしてだ……?」

 ステータスを弄られてしまったのかと思ったが、剣を手に入れた時にドール職人に言われたことを思い出した。これは戦うための剣ではなく、救うための剣だと。


 それならと、陽介は死んだ民が入った水槽を切った。硝子が綺麗に割れ、培養液が流れ出し、配線も真っ二つになった。支えを失いダランと垂れる死んだ民の体を、テラが優しく抱きしめ運んでいった。


 陽介は、この上ないやるせなさを感じていた。こんな機械すぐにでも壊してやりたいのに、救うための剣ではどうにも出来ない。悔しさを拳に込めて叩きつけ、エルメスがこの世界をゲームにしたことも、命そのものを軽んじていることも、自分の意にそぐわない者に対する仕打ちも、全部全部ぶち壊してやるんだという想いが湧き上がって叫んだ。


 両手の甲が傷だらけで血塗れになっていることに気づいたのは、リベルタに後ろから羽交い絞めにされ、フラムに頬を叩かれてからのことだった。


「熱くなりすぎだ陽介! 怒りに囚われるな」

 気づけば装置は原型を留めないほど壊れ、モニターも黒い煙を放っていた。


「これ、俺が……?」

 手のひらが煤で真っ黒に染まっているのを見て、陽介は自分のしたことが怖くなりその場にへたり込んだ。もし止めてくれなかったら、どこまで壊してしまったのだろうと。


「大丈夫、私たちがいるから」

 アリエッタに手を握られ、気持ちがスッと落ち着き軽くなった。Heart0の効果で好感度は上がっていないはずなのに、どうして笑顔を向けてくれるのだろうとぼんやり考えていた。


「陽介チャン立てる? ほら」

 リベルタにぐいと持ち上げられ、両足で床を踏みしめ立ち上がった。よかった、自分には仲間がいてくれるのだと、陽介は安堵した。


 部屋から出る瞬間にフラムの放った炎で薬品も機械も、命のない土の民も皆焼かれていった。爆発から逃げるように元来た道を戻った陽介は、扉を閉める直前にありがとうと優しく囁く声を聴いた気がした。

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