第36話 VSカノープス

 時はフラムとリベルタが陽介と別れ、隠し通路に走っていったところまで遡る。


「……」

 フラムは陽介のことを心配し、うなだれたまま掴まれていた。深夜の襲撃事件の際も傍にいなかったことを引きずっているというのに、また一人にしてしまったのだから。


「しっかりなさい。あの子が託してくれたんだから、迷ってる場合じゃないわ」

「……そうだな」


 進めば進むほど通路が細くなっていき、松明もまばらになってくる。リベルタの体格では体を横にしなければ通れなくなり、それでもまだ奥にたどり着かない。よほど見られたくないものでもあるのだろうかとリベルタは考えた。


 光は遠ざかり、前に進んでいる感覚がなくなってきたところで、リベルタは止まった。このままでは安全ではないと判断したからだ。

「ここからは足元も見えないわね」

「では、灯りを作ろう」


 フラムは息を吸って、ふわっと吐いた。いつものような炎ではなく、優しく照らす火の玉に変わり、宙をふわふわと漂う。

「あら、おしゃれな間接照明だこと」

「冗談を言えるほどには冷静か。急ごう」

 フラムは掴まれていた手から抜け、先を歩いた。


 細い通路の先は、地図だと四角い部屋になっていたが、実際には大きな丸い部屋だった。檻が仕切りも無く一周するようにつけられており、人を閉じ込めるにしては不自然なつくりをしている。中央には魔法陣を描いた形跡があり、フラムは閉じ込められていた水晶玉に似た嫌な感覚に、身震いした。


「フラムチャン、あそこ!」

 リベルタが指さす先には、ぼんやりと青い髪が揺らめいて見えた。

「アリエッタ! 無事か!」

 フラムは火の玉を大きく一つにまとめ、部屋全体を照らすようにして檻に駆け寄り、鉄格子の向こうの彼女にもふもふと撫でられた。

「どいていろ、こんな鉄細工、すぐに溶かしてくれる!」


「そ う は いきませんでしてよ」

 こちらを馬鹿にしたような声。半分にやにやした顔で、フラムの後ろからカノープスが現れた。


「あの男は今頃部下が檻に放り込んでいるでしょう。あとは貴方たち二匹にこれをつければ、私はエルメス様から最上の愛を受けられる……なんて素敵……!」

 うっとりと枷を眺めため息をつく様は、もはや狂気的だ。


「そう簡単には捕まらないわよ! 生意気いうんじゃないわ小娘!」

「来るぞ!」

 カノープスが軽く地面を蹴って一歩飛ぶと、一気にリベルタの懐まで入り込んだ。

(こいつ、速い!)

 リベルタは腕を振って殴りつけるが、一瞬の間に距離を取られ、当たらなかった。それならばと両手を叩き突風を起こすが、少し下がっただけで涼しい顔をしている。


「これでどうだ!」

 フラムは息を深く吸い込んで、炎弾を乱打した。敵に当たらずとも、檻を破壊できれば上々と考えていたが、狙いを定めず撃ったので、一部がへしゃげただけだった。


「当たりません、そんなもの」

 カノープスは飄々とかわし、どこを狙っているやらと呆れた顔で肩をすくめた。長細い針を取り出し、構える。


「さて、こちらの番です。潔くお死になさい」

 言葉を言い終わる前にヒュッと空を切った針は、リベルタの左腕を掠める。

「っぶねー!」

「残念、突き刺したと思いましたのに」

 咄嗟に身をひねったが、武器の距離感もさることながら、相手の動きが速く見てからでは対処が難しい。リベルタは掠った腕に、チクリとした痛みを感じた。


「よそ見をするな」

 フラムが轟々と燃える炎を口いっぱいに含み、リベルタの肩から飛びながら吐いた。これは避けきれず、カノープスは上半身に炎を受け叫び声をあげた。

 

 戦いから目を離せないアリエッタは、檻を壊そうとした炎弾に照らされて、壁から天井にかかる足場があることに気づいた。しかしそれを交戦中の二人に知らせる手立てがない。獣人は戦いに興味がないのか諦めているのか、それとも希望をもっているのか、黙したまま三人の様子をただずっと見つめている。


「あっつい! 痛い痛い! 痛い、生きてる証拠……!」

 床に転がって燃える炎を消したカノープスは、恐ろしいことに痛みを享受していた。獲物の細長い針を高速で振り、浮かんでいた火の玉を消し去ると、闇に溶けた。光源がなくなり、視界を奪われた二人はどこから攻撃がくるのかと身構える。


(ふふ、愚かな獣。この闇の中では、私に勝てる者はいません)


 壁から天井の足場に移り、フラムがもう一度炎を吐こうと息を吸い込む音を、カノープスは待っていた。聞こえた場所に真上から刺せば、逃げ場はない。


「もう一度照らすしかない」

「頼むわね」

 目を凝らし天井を睨んでいたアリエッタは、かすかに針が光ったのを見た。二人のやり取りに、ダメだと言いたかった。上から襲ってくるのだと伝えなければフラムは刺されてしまう。


 こんな時に出ないでどうする、あんなに嫌というほど歌わされたのに、守りたいものの為に声が出せないなんて、情けない。伝えられれば、捕まることもなかったのに。喉はとっくに治っているのに。言わなきゃ、今声にしなくちゃ。アリエッタの想いは、沸き上がる水のように口から出た。


「フラム! 上に向かって撃って!」

 声の導くまま、炎は業火の弾となって天井に放たれた。先ほどよりも酷い悲鳴を伴って、地面にべしゃりと落ちる音がした。火の玉が付けられると、焦げながらもまだ生きているカノープスが、灯りの下に晒された。

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