第35話 商人たちの告白

 土の民とは別に隔離されていた檻の鍵を開けると、少女たちがおずおずと這い出てきた。彼女たちもまた、許可なく外へ出ると死んでしまう魔法をかけられていた。各大陸から聖都の中心へ無理やり連れてこられ、勇者の『魅了』スキルと『服従』スキルで身も心も差し出し思考さえ溶け、ただ求め受け入れるだけの生活を送っていたという。


 ここにいるのは、不幸にも正気を取り戻してしまった者、勇者の前で粗相をした者、ハーレム内での権力争いに敗れた者たち。聞くに堪えぬ暮らしぶりに、陽介は怒りが込み上げてきた。心の奥で炎がチリチリと燃え上がるのを感じる。


「私たちには帰る家もないの。勇者の使いを名乗る人がやってきて、村ごと焼き払っていったわ」

「私は貧しい家の為に、自らを売り聖都へ向かいました。しかし、後で家族が殺されていることを知ってしまいました」

「帰る場所なんて無い」「生きる場所が欲しい」「奴隷は嫌だ」


 少女たちの言葉は悲痛なものだった。帰る場所があれば、逃ようと考えるからだろうと陽介は思った。こんなちっぽけな理由で命を粗末に扱うエルメスは、本当に自分と同じ日本人、いやそもそも人間なのだろうかと疑った。思考を溶かし服従させられるほど強力なスキルを使っておきながら、それでも人を一切信用しないどころか裏切られる前提で事を動かしているなんて。


「行こう。帰る場所は無くても、ここが生きる場所じゃないのは確かだから」

 陽介の解放戦線は、少女たちを加えて魔法解除の情報を得るべく商人たちの控室を目指した。


「クソっ、商売上がったりだぜまったく!」

 大混乱で客が逃げてしまい、商人は売れ残ってしまった奴隷に、お前のせいだと八つ当たりしていたところを解放戦線に見つかり、囲まれて数発殴られて、しまいには縄で縛り上げられた。


「外へ出たら死ぬ魔法ってやつを解け!」「もうお前たちの好きにはさせないぞ!」

 解放戦線の男たちは商人をいるだけ捕まえ、一つの部屋に押し込めて、魔法を解くように迫る。


「ままま、待ってくれ! 我々はただの売人だ、魔法は使えない。あのカノープスとかいう女がここを取り仕切ってるんだ」

 槍を突き付けられた商人は、命乞いをした。


「そ、そうだ。あいつは元々土の民で、勇者に買われていった最初の奴隷だ。私が売ったんだから間違いない」

 別の商人が言う。

「アーシアのことだな」


 ロッチャには思い当たる節があった。聖都が作られた頃、行方不明になった少女がいた。幼くして両親を亡くし村の皆が家族となり育てたが、いつもどこか孤独を抱えていた。ある日、森へ薬草を積みに行ったきり帰ってこなかったのだという。カノープスというのは、勇者に与えられた名前だろうといった。


「でも、あの子は生きていたとしてもまだ十二歳のはずですよ。あの女はどうみても大人ではありませんか」

 サビアは反論した。


 謎は深まるばかりだが、カノープスを探し出せばいいことがわかり、商人たちは縛られたままだが槍は下ろされた。

「いうことは言った! さぁ開放してくれ! な、な? 私たちも被害者みたいなもんじゃないか」

「……ふざけんな。何が被害者だ! クソ勇者に媚びて嬉々として人の命を売って、荒稼ぎしていただけだろ!」


 陽介は拳を振り上げ思いっきり殴った。頭に血が上って、そのまま馬乗りになって殴りつけようとしたところを、ロッチャに止められて我に返った。

「殺しちゃなんねぇよフレイム。お前も同じになっちまうぞ」

「……ごめん。どうしても、許せなくって」

 怒りに触れた商人は、恐怖でビクビク震えている。身動きの取れない相手に情けないことをしてしまったと陽介は反省した。


「こいつらはここへ置いていこう、おい、がっちり縛るぞ」

 男たちにより、商人たちは手も足も動かせないほど縛られた。

 ここにもう用はない、さて目標はどこへ行ったかと考える陽介。詰所の方にはいなかったし、控室にも来ていない。フラムとリベルタを捕まえていないから、入口へ向かうとは考えづらい。地図に記載されていない通路がまだあるかもしれない。


「ん? そういえば、怪しい部屋は会場の裏だったな」

 控室の先は競り会場までの近道になっていて、そのまま舞台袖に繋がっていた。舞台の壁だけ新しく作られたのか、色に若干だが差異がある。


「皆、ここの壁を壊すの手伝ってくれ。地図通りなら、隠し部屋とつながっているはずなんだ!」

 解放戦線は陽介の言葉を疑うことなく、武器を強く握りしめ壁を壊し始めるのだった。

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