第33話 乗り込め競売場!

「人間か」

 獣人の威圧的な問いに、アリエッタは首を横に振った。

「ならば魔族か」

 その問いにも横に振って答える。魔法を封じられ、声も失った彼女はどうすれば敵でないと伝わるだろうかと考え、足枷を引きずり手枷を鳴らしてたどたどしく踊った。


「……」

 意思が伝わったのか、獣人からスッと敵意が消えた。アリエッタは大丈夫だよと言いたそうに微笑んで、隣に膝を抱えて座った。鎖に繋がれ満身創痍の獣人を気の毒に思うが、彼女には治癒魔法も使えない。それでも身振り手振りを使って、仲間が助けに来てくれるのだと一生懸命伝えた。




 一方で陽介は、詰所で避難経路や施設の地図を見ていた。土の民や女性が入れられている場所の一本裏にある通路から、うっすらと消し跡が残っている道があり、その先に丸の書かれた広い部屋があることに気づいた。ちょうど競りの会場の裏手にあたる部分になっている。

(この部屋、怪しくないか? 入り口からかなり遠いのに、通路は狭くて部屋だけ妙に広い)

(競りの最中で警備の手も薄い。行くなら今のうちか)


 こっそり話していると、管理職の人が時間になっても戻ってこない話で詰所はざわつき始め、陽介は焦った。身包みを剥いだ警備兵が管理権限のある人だとは思いもよらなかった。他の人に見つかるか意識を取り戻したら、潜入していたことがバレてしまう。服の内側に、名前を彫ったピンが刺さっているのだ。


「じ、自分が探してきます! そういうのって、新人のやることだと思いますし!」

「おっ、いい心がけだな新人。巡回路のどこかにいると思うから、よろしくな」

 松明用の木を一本くすね、逃げるように詰所を出た陽介は、土の民や奴隷たちを見ないようにぎゅっと目をつぶって走った。もう少し待ってくれと心の中で祈りながら。


 一本裏の道、地図に記載されていた場所は、そのまままっすぐ行けば競りの会場だ。消されていた道を壁を叩いて探していると、リベルタが物凄い速さで走ってきた。

「リベルタ?? どうしたの?」

「そ、それがね……」


 リベルタは、アリエッタがいなくなってしまったことを話した。勇者の手先か、奴隷と間違えた商人が連れ去ってしまったかもしれない。ここまで戻ってきたがだれもおらず、入り口まで行ってみようと走っていたらしい。


「ごめんなさいアタシ……あの子が声を出せないって知ってたのに……」

 リベルタは悔しそうに拳を握りしめた。

「後悔よりも彼女の救出が優先だ、檻の中にいなかったのは私が確認している」

「競りにかけられでもしたら、汚い金持ちに買われちまう! 急ごう!」


 三人は競りの会場の扉を開け、中にそっと入っていった。脂っこい匂いを放つふくよかな男性がずらりとふかふかのソファーに腰掛けて、見世物台に乗せられライトで照らされる女性たちにヤジを飛ばしている。売っているのが人間でなければ、現代日本で行われているオークションの内装とほとんど変わらない。


 もっといやらしい恰好をしてみせろ、みっともなくおねだりしろ、俺に買われたくないのかなど、聞いていて不快な言葉が、さも当然とばかりに発せられている。


 金持ちは気に入れば番号と値段を叫び、商人は購入された奴隷を傍まで連れてくる。奴隷が台からいなくなるか、しばらく経っても声がかからなければ次の競りが始まるが、時間に制限があるようで、ここで終了の宣言がされた。


(アリエッタは……いないみたいだ。よかった)

(どうやらこの回で終わりみたいね)

 会場内に彼女の姿はなく、緊張感の解けたフラムは逆立っていた毛が全部ふにゃふにゃになった。


 商人が台を片付け、金持ちたちも変える支度をしていると、会場内に女性の声が響いた。陽介には聞き覚えのある声だ。

「突然ですが皆さま、会場に侵入者が現れました。我々がすぐに始末いたしますので、ご安心ください」

 見世物台に褐色の女性が現れ、陽介たちを指さしスポットライトを向ける。


「カノープス! アリエッタをどこへやった!」

 陽介はギリっと歯を食いしばった。

「ここで死ぬ命に答えはあげません。行きなさいあなたたち」

 命令を受け、警備員たちが襲い掛かってきた。リベルタは自身の不甲斐なさに憤りを感じており、襲い来るものを掴んでいつもより豪快に投げていく。しかし警備の他に魔法を使う護衛も加わり多勢に無勢、周りを囲まれてしまった。


「いい見せ物だ!」「ほら逃げろ逃げろ」「捕まえたら褒美をくれてやるぞ!」

 金持ちたちは陽介たちの侵入さえイベントのように楽しんでいるようで、手を叩いてはやし立てる。

(すっげぇムカつく……! フラムさん、誰でもいいから数人、金持ちの服に火をつけてくれ)

(場を混乱させるわけか。いいだろう、私も少々機嫌が悪い)

 フラムは傍にいた金持ちの男の服に火の粉をかけると、服が焼けていることに気づいた男が悲鳴を上げて飛び上がった。

「ひえぇ! 俺の、俺の服が燃えてる! 助けて!!」

「私もだ! 焼ける! 焼け死んじゃう!」


「リベルタ! 風を送って広げてくれ!」

「任せな」

 リベルタは両手を叩いて火の粉に勢いをつけるよう風を起こし、更に燃え広げていく。


「落ち着いてくださいご主人、水魔法で……」

「そんなの待っていられない!」

 一人また一人、炎が広がると陽介の思惑通り場は混乱した。金持ちたちは我先に逃げ出そうと戦闘に割り込み警備を押しのけ入り口付近に流れ、それに乗じて三人も脱出した。

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