第32話 囚われのアリエッタ
「そんな非人道的なことがまかり通るわけ……」
「しーっ、ここは公にできない闇の競売場さ。聖都のおこぼれってあだ名されてる」
陽介の口を押えながら、先輩兵はあたりを見回して言った。誰かに聞かれたら、警備どころか人間辞めさせられちまうぞと軽く脅す。
「君みたいなまともな感性のある人間がここへくるってことは、よほどのヘマをやらかしたんだな」
「あー、それは、その、ちょっと偉い人に反抗しちゃって……」
ちょっとどころか、世界を救った勇者に反旗を翻すようなことをしてるわけだけれどもと、付け足したい気持ちを抑えた。
「言わなくてもいいさ、ここには訳ありで流されてきた連中ばっかりだ」
その後は誰がどういったことでここの警備に回されたのか延々と聞かされ、長い通路を歩いていく。次に回るのは、商人たちの控室。一部屋ごとにノックし、異常がないかどうかを尋ねる。柔らかい物腰の人が大半で、誰も彼も似たような声を作り薄っぺらい笑顔を張り付けていた。この手が伸ばせれば、ひょっとしたら皮をはがせるのではないかと思うくらいに。
「この先は競りの会場だ。この時間は入札が行われているから、俺たちの巡回はここまでだ」
先輩兵は来た方へ陽介を引き連れていく。
(クソっ、ここまでか。人の命が金で売られてるっていうのに!)
(よせ、今乗り込んでいったところで君に何ができる。機は来る、耐え忍ぶんだ)
すぐにでも会場に乗り込んでやりたい気持ちをグッと堪え巡回から戻り、トイレに行くふりをして詰所から鍵を持ったまま脱出した。
顔を見せ敵ではないことを手を振って示し、なるべく音が出ないように鍵を開けたが、うつむくだけで誰も出てこない。
「どこのどなたかは存じませんが、どうぞ我々など見捨ててお逃げください」
一人の若い女性が言った。
「そんなわけいくか! こんな頭のおかしいところから逃げましょう!」
差し伸べた陽介の手を、首を横に振って下げさせた。理由を聞くと、許可なく敷地の外へ出ると死ぬ魔法がかけられているからだという。ここにいれば酷い目にあっても飢えることはない。もし魔法が解けたとしても、既に死んでしまって草すら生えない土地には戻れないと泣く。
「もしかして、あなた達は土の大陸の人?」
「そうです。我々は土の民として長い間この土地で生きてきました。あの滅びた村を見たでしょう。作物以外に資源がなく、こうして奴隷として生きる道しか残っていません。さあ、鍵を閉めてください。余計な希望は、失望を招きます」
と一人が言っている間に、数人の女性が自ら扉を閉める。
「……あなた達は忘れてるかもしれないけれど、ずっと土の精霊が守ってくれていたんだ。この瞬間だって、きっと民を助けたいって思ってるはず。鍵は開けておきます、土の精霊も、あなた達も絶対助けるから。どうか、希望を余計だなんて言わないでください」
陽介は扉の鍵だけを開けて、土の精霊の話など初めて聞いたと言わんばかりの人々を残し、怪しまれないうちに詰所へ戻っていった。
連絡船の船長が言っていたことを思い出し、記憶改変が行われ他の大陸へ逃げていったことになっているのだろうと考えた。三大陸を渡る旅の途中大きな町も訪れたが、褐色肌の人間は見かけなかったことからもやはりエルメスの仕業かとため息をつく。
なによりも土の民たちが奴隷として生きることを受け入れてしまっていることが、ショックでならなかった。
その頃、リベルタとアリエッタは別の通路から貴族の男を探していた。
「この先から人の声がするわね、行ってみましょ」
リベルタを先頭に歩いていく。視線が自然に前を向かされるような狭い通路だったからか、アリエッタは後ろから気配を消し近付いてきたカノープスに気づかなかった。一瞬のうちに腕を掴み束縛魔法で縛られ、危険を知らせようとしたが声が出せない彼女は、そのまま連れ去られてしまった。
「……アリエッタ? ついてきてるわよね?」
競売会場の前で振り返ったリベルタは、アリエッタがいないことに頭が真っ白になった。
「やられた! ヤバいっ!」
リベルタは来た道を全速力で駆け戻っていった。迂闊だった、あの子を先に行かせるべきだった。後ろから敵が来ても声を出せないと知っていたはずなのにと、自分を心の中で責めていた。
「まったく貴女も大概です。大人しくエルメス様の為に歌っていればよかったものを……」
カノープスはアリエッタに魔法を封じる枷を両手両足に付け、この地下施設の奥、蝋燭の灯りさえ届かない牢屋に放り込んだ。まずは精霊一匹。全員を捕まえ異世界の者を排除した褒美には椅子かテーブルか、それとも女体盛りがいいか、クリームを塗りたくられでもしたらと、妄想するだけで絶頂していた。
灯りと共にカノープスの足音が遠ざかり、暗さに目が慣れてきたころ、アリエッタは牢屋の中が広いことに気づいた。どこまであるのだろうと壁を手で触って伝っていくと、狼の獣人が傷だらけで鎖に繋がれていた。
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