第31話  奴隷市場

 貴族の男の後をつけていく陽介一行。護衛の男たちが周囲を常に警戒している上に枯れ木の森は見晴らしがよく、距離を詰めればすぐに見つかってしまいそうだ。

「うかつに近寄れないな」

 陽介はやきもきしている。

「焦りは禁物だ。よく行動を観察するんだ」

 息をひそめて、足音を立てないように注意しながら、少しずつ、ゆっくりと追跡を続ける。


 貴族の男が森の終りに近い大きな切り株に手をかざすと、魔法陣が現れ切り株は扉に変わった。誰も見ていないことを再三にわたり確認してから、男は扉を開けて護衛たちも中へ入っていった。扉が閉まると、また切り株になった。


「これも魔法なのか?」

「認証する類のものだな。登録していない人間を通さないようにしている」

 試しに陽介は手をかざしてみたが魔法陣は現れず、切り株にも変化はない。フラムが乗っかってはねてみても、効果はない。


「まどろっこしいわねぇ。こんなのこうしちゃえばいいのよ」

 リベルタはよっこらせっと切り株を掴み、そのまま根ごと引き上げた。砂がこぼれる根の下には、地下に続く階段が見える。


「わぁお」

 陽介はそう来たかといった顔でリベルタを見た。

「君は力であれこれと解決しすぎなんだ!」

「いいじゃないの、道は開けたんだし」

「それは結果論だ!」

 慎重に事を進めたいフラムは、リベルタのやることに怒っているようだった。


 地下は枯れた木の下とは思えないほど広い空間が広がっており、電気がついている。供給機と同じ色付きの配管が通っていることから、水や炎なども使えるらしいことがうかがえる。

「地下に施設を作っていたのか」

 近代的な整備された細い通路が張り巡らされている。男たちの姿も靴音も途絶えてしまい、一行は手当たり次第に通路を調べていく。


 入り口からそう遠くない通路を進んでいくと、整備された道からは外れデコボコの洞窟が続いている。松明も数か所設置されているだけで、全体的に薄暗い。さらに進んでいくと、褐色の女性と男性が別々の檻に捕らわれていた。管理番号であろう刺青を顔に彫られている。


 陽介たちが来たことに驚いているようで、声を上げないように自ら手で口を塞ぐものもいた。扉には魔法で鍵がかけられており、奥には警備兵が詰所を作り多数見張っていた。松明の灯りがないところまで下がったので、まだ見つかっていないようだ。


「さっきとは違ってこんな狭いところに、大人数を配備するなんておかしい。重要なものがあるか、要人でも来てるかだな」

「……陽介、確か君の職業は警備員だったな?」

「そうだけど、それが?」

「あ、アタシわかったわ、ちょっと待ってなさい」


 リベルタは腕を振り回し肩慣らしをしてから、音もたてず警備員を一人捕まえて、ごめんなさいねと悪気無く謝ると、腹を殴り気絶させて丸裸にした。手際の良さは獲物を狩る猛禽類そのものだった。

「これ着ていけば、陽介チャンとフラムちゃんは怪しまれずに進めるわ」

「二人は?」

「アタシとアリエッタなら大丈夫よ」

「わかった。気を付けて」


 陽介は奪った警備服に着替えて荷物をリベルタに預け、フラムをマントに隠して詰所に行き、今日からお世話になる新入りですと挨拶すると、怪しまれることなくすんなりと受け入れられた。巡回方法、鍵の開け閉めを教わったが、魔法が使えないことを伝えると、スペアの鍵を貸与された。しっかりとロープに繋ぎ、無くさないように確認すると、先輩兵と共に巡回に出発した。


 先ほどとは違い褐色でない女たちが入れられた房を見て回る。病気なのか横たえたままだったり、激しく泣きわめいたり、諦めて祈り続けている。皆首元に値段が刻まれたプレートが鈍く光っている。環境は劣悪そのもので、腐った肉の匂いが辺りに立ち込めている。


「うぷっ……」

 酷い光景に陽介は吐きそうになったが、寸でのところで堪えた。

「あー、俺も最初は無理でよく吐いてたわ。我慢しなくていいからな」

 先輩兵は背中をさすりながら、足早に走った。


「奴隷市場とか、金持ちのやることはわかんねぇよな。俺も早く聖都の警備に戻りたいよ……」

「奴隷、市場……? あの人たちは売られるんですか?」

 陽介は心底驚いた顔で言った。


「あ、君何も聞かされないで送られた感じ? 可哀そうに。ここは奴隷市場、褐色の男は労働奴隷として、女は性奴隷として買われていく場所さ」

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