土の大陸編

第30話 誰もいない村

 土の大陸は、他三つに比べ面積も狭く人も少なく、大陸というよりは島に近い。村一つしかなく、豊かな土地から採れる作物のおかげで交易はあったようだが、通行便は風の大陸から月二回程度出るだけだという。

「それもあって、数日留まってもらったの。港は大陸の端にあるから、あのまま行っても待たされるだけだったのよ」

 リベルタの言葉を、また船に乗るのかと憂鬱な気持ちで陽介は聞いていた。


 風の大陸の港は小さく、行きかう船の数も少ない。水の大陸の方が交易では栄えているらしく、漁船が数隻あるくらいだった。暇そうに海を眺めている男性に、土の大陸まで乗れる船があるか尋ねると、怪訝そうな顔をされた。

「あんな不毛な土地に行くのかい? 誰も住んでやしないのに」

「村があるって聞いたんですけど……」

「聖都からの供給じゃあ間に合わなかったんだろう、土地が死んで、去年までには皆逃げていったよ」

 それで自分はお役御免になって、漁をする気にはなれなくてぼーっとしているのだと男性は言う。


「それでも行かなきゃいけないんです。お金は出しますから、お願いします」

「しょうがねぇなぁ……」

 頭を下げ、銀貨を五枚ほど渡し船を出してもらえることになった。四時間程度の船旅だったが、魔族も勇者の手先も現れず快適だった。陽介はアリエッタに波の魔法をかけてもらい、揺られても気持ち悪くないようにしてもらった。


 村は話の通り誰もおらず、廃村になっていた。扉のない家々の中は生活道具がそっくりそのまま放置されている。リベルタが元の大鷲に姿を変えて上空から見て回ったが、村のほかには枯れた森が広がっているだけだったと首を横に振った。

「これじゃあ、今までみたいに話を聞いたりっていうのは出来ないな……土の精霊の特徴とかは覚えてるの?」


「名はテラという。頑固で堅物な男だ」

「そうそう、会話の時もいっつも無口で、反応が悪いのよね~。声はアタシ好みのいい男なんだけど」

 リベルタはため息をつき、フラムは覚えていたことに少し安堵しているように見えた。アリエッタは、水をこねて上半身が犬、下半身が人間の姿のものを作った。獣人ってこと? と聞くと頷く。


「人はともかく精霊が土地を離れるということはありえ……いや、もう何が起きてもおかしくはないな。村の中を探そう」

 一行は手分けして、土の精霊につながる情報を探した。


 数時間ほどたち、家々を隅々まで探したが、それっぽい伝承の本や絵すらない。枯れ木の森を探すかどうか迷っていた時、フラムが尻尾をピンと立てた。

「人の気配がする! 隠れるんだ」


 一行は近くにあった家に身を潜め、入り口からこっそり様子を伺っていると、コツコツと地面を歩く音がする。住民が戻ってきたのだろうかと待っていると、廃村とは縁遠いであろう煌びやかな衣服と装飾品を纏った、見るからに金持ちの男性が意気揚々と歩いてきた。護衛を付けて、今日はどの娘にしようかと鼻歌を歌っている。護衛たちは、付いた足跡を土魔法を使い消していく。


(いかにも、怪しさ満点ね)

(追いかけよう!)

(罠かもしれん。我々が来た途端現れるとは都合がよすぎる)

(そりゃそうだけど、他に人も情報も無いんだ、行くしかない)

 一行は、枯れ木の森に向かう怪しすぎる貴族を追いかけていくのだった。



 陽介たちが土の大陸に向かう船に乗っていた頃、聖都では、カノープスが文字通りエルメスの椅子になっていた。

「異世界の奴は殺し損ね、魔王は復活させられ、出来損ないの首すら持って帰れないとか、よくもまぁ俺の前に現れる気になったな」

「し、しかし私は確かにあの者の心臓を貫きました。毒だって塗って……」


「椅子が喋るんじゃねぇよ!」

 バシンと尻を何度も叩かれ、カノープスは嬌声を上げる。

「……これだからマゾは。俺に叱られたくて手を抜いたな? 奴は土の大陸に向かった。勝手はお前の方がよく知っているだろう。次はない、行け」

 立ち上がり、恍惚の表情で失禁しているカノープスを置き去りに、エルメスは部屋を出ていった。


「……ピアーチェ、何故邪魔をする」

 廊下に飾られた肖像画の頬を撫で、エルメスは呟いた。

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