第26話 紅茶とアップルパイと魔王
椅子に座り、魔王が口を付けてからカップに口をつける。ふんわりと甘い香りが口の中に広がっていく。少し気分が落ち着いて、陽介が震えなくなってから、魔王は口を開いた。
「封印されてからの数年間、魂だけとなった我は世界の様子をここから伺っていた。お前がやってきたことも、我が家臣たちが死後もなお操られていることも知っている」
いつも通り美味い茶だと、魔王は息をついた。
「……エルメスが、世界を書き換えたことは?」
「最初から妙だとは思っていたが、蘇って合点がいった。度々衝突することはあれど、魔族は五百年、人間と争ってなどいなかった。我の性格を書き換えおったのだ、奴は」
「えっ!? それじゃあ勇者の話って」
「自作自演、とでも言うべきだろうな。お前が私の言葉を信じれば、の話だが」
パイを手でつかみ、一口に飲み込んだ。リンゴとシナモンの香りがテーブルの周囲に漂う。陽介も同じようにして食べると、魔王はニッと笑った。
「いつだったか、ほんの些細な出来事から最初の一人を殺しレベルが上がった時、体の内側から溢れんばかりの力が沸き上がってきた。経験したことのない凄まじい力の昂りに、我を忘れ愚かにも町一つ壊滅させてしまった」
それからというもの力に溺れ、武力で世界を征服せんと人間の命を奪いに奪い、不死を得たことを魔王は後悔していた。人間と魔族と精霊が手を取り合って生きていける世界を望み、実現のために差別や偏見を払拭しようと手を尽くしていたはずの魔王は、衝動のままに破壊を求める怪物になってしまった。肉体が滅び魂だけの状態になって、ようやく冷静になれたのだ。
「奴は魔族に対する差別や偏見を利用して、貴方を倒したとき人間から賞賛されるように、わざとレベル制度を魔族にも有効にしたんだ。相手が強ければ強いほど浴びる喝采は大きくなると知っていたから。チートでステータスをいくらでも書き換えられるから余裕で勝てると思って。でも、不死を打ち消すことは出来なかったから、フラムさんたち精霊と同じ『異世界の者でなければ解けない』封印をしたんだ……と、思います」
避難所で絶望に打ちひしがれていた魔族や、フラムたちの顔が脳裏を過る。魔王の話が真実なら、エルメスはなんて酷いことをしたのだろう。そうまでして異世界を自分の思うがままにしたい理由が、陽介には理解できなかった。
「なるほど、ロブほどの者を以てしても解けなかったのはそういうことか」
魔王は椅子から立ち上がり、己を封印していた勇者の剣を手に取った。両手で掴み力を込めると、剣はポキっと軽い音と共に折れた。いとも簡単に折れてしまったので、陽介は唖然としている。
「我を嘲りおって……! こんなナマクラで戦われていたとはな」
魔王が床に放り出した剣は、装飾魔法が解けてただのショートソードになった。
「今度こそ奴を倒さねば。長話に付き合わせてすまなかったな」
魔王が指を振ると、テーブルも椅子もパッと消えた。
「待ってくれ!」
準備を整えようとする魔王に、陽介は叫んだ。
「あいつは、エルメスは俺が必ず元の世界に連れて帰ります! それに、魔族たちは疲れきっていて、数だって少ない。戦ってもまた封印されるだけだ」
「レベルは決して上がらず、大したスキルも無く、ステータスも弱いお前が、それを必ず成し遂げるという確証は?」
陽介に詰め寄り、魔王は威圧的に問う。
「……無い。でも、やってみせる! みんなと一緒に」
陽介は背を伸ばし、まっすぐに魔王を見つめて答えた。
「……そう言うと思った。お前は母上によく似ているな。彼の方が呼んだのも納得がいく」
彼の方って? と疑問をぶつけようと口を開きかけたところへ、避難所のほうから叫ぶ声が聞こえた。
「ふ、フォリドゥース様~~~~!! 大変です~~~!!!」
大慌てでロブ・ロイが走ってきた。
「何事だ」
「死者です! 死者の軍勢が、攻め込んできたのです!!!」
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