第27話 幼女のくせになまいきだ

 狭い通路に雪崩れ込んできた軍勢を迎え撃とうと、避難所の魔族たちは必死に戦っていた。生きていないと頭では理解していても、かつての同胞を攻撃することに抵抗があるようで、攻撃に勢いがない。


「よし、俺も……」

 陽介も立ち向かおうとしたが、完全に丸腰であることに気づく。魔族になって森で目覚めるまでのどこかで、装備一式を落としてきてしまったのだ。魔法で着せられた服もぶかぶかで、動きづらい。


「客人の手を煩わせはしない。下がっていろ」

 魔王は陽介の前に立ち、指で空中に魔法陣を描くと、攻め込んできた死者たちはたちどころに痺れ、動きが止まった。


「魔王様!」「おお、魔王様だ!」「我らの希望、魔王様が復活された!」

「皆よく聞け、あれらは姿かたちだけの傀儡だ、惑わされるでない!」

 魔王がいる。それだけで危機的状況から、歓喜に沸く魔族たち。士気が上がり、攻撃にもぐんと勢いが付き、押し返せそうだというところまで状況は良くなってきた。


「まだおともだちにならない……おかしいなぁ」

 魔族をかき分けてひょこっと姿を現したのは、スピカだった。キラーウルフ達の足跡を辿り、ここにおともだちになれそうな子がいるかもしれないと、軍勢を送り込んだ。しかし待っていてもなかなか決着がつかないから、様子を見に来たのだ。魔王の姿を見て悲鳴を上げ逃げ出そうとしたが、魔王の束縛呪文に捕らえられた。


「今までよくも我らの死を侮辱してくれたな小娘。その醜い本性を現せ」

 顎で行けと命じられたロブ・ロイがステータス画面を開き、布できゅっきゅと拭くと、スピカの本当のステータスが表示された。


 スピカ:おんな(9)

 職業:ネクロマンサーLvMAX

 HP:まあまあ

 MP:かなり

 攻撃:ないよ

 防御:まあまあ

 魔法攻撃:ないよ

 魔法防御:ないよ

 素早さ:そこそこ


 スキル

 亡者の行進:死んでいればどんな魔族も意のままに操る。数が多ければ多いほど全体の能力が上がる

 ※使用不可(最後の生き残り:操っている魔族が周囲にいない場合、あらゆる攻撃を受けても死なない)

 腐食・毒無効:腐った物や毒物食べても効果を受けない


 陽介の思っていた通り、スピカはネクロマンサー(死者を操る者)だった。スキルこそ強いものだが、能力はMPを除けば自分とさほど変わらない。偽装していた理由だろう。エルメスに能力をぐちゃぐちゃに弄繰り回されていない、年相応の女の子だとわかりなぜか安心感を覚えた。


「な、なんで使えないスキルがあるの?」

 使用不能スキルがあることに、その場にいたスピカ含む全員が困惑していた。ロブ・ロイが言うには、スキルは与えられた時点で本人のものであり、自分自身で封じでもしない限りは使用制限などつくはずがないのだと。ということは……。


「それは、貴女が使えない子だからですよ、スピカ」

 背後から、スピカの体を細い針が何本も貫いた。退屈そうに降りてきた褐色の女性が穴の開いた体を蹴り飛ばして床に倒し、とどめにもう一度刺した。

「か、カノ姉ぇ……どうして……」

 目から痛みと悲しみを流すスピカは、裏切られた怒りを込めキッとカノープスを睨むが、クスクスと笑われ顔を小突かれる。


「全てはエルメス様の意思ですよスピカ」

「うそ……うそだ……おにい……ちゃ……」

 嘘じゃないわ、残念ね。と言ったカノープスの言葉は、もうスピカには届いていなかった。穴から漏れた血で床が真っ赤に染まっていく。操られていた死者たちが一斉に塵に戻り、血だまりにサラサラと溶けていく。



「正気かよ!? 仲間なんじゃないのか!!!」

 避難所内に、陽介の怒りの叫びがこだまする。


「仲間? 私たちはエルメス様の物。友情や信頼は簡単に裏切れますから、不必要です。この子だけはお兄ちゃんだのお姉ちゃんだの家族ごっこをしていて、とても不愉快でしたわ」


 汚らわしいものを捨てるようにスピカを置いて立ち去ろうとするカノープスに、怒りで飛び掛かろうとした陽介を、魔王が制した。

「流石に魔王とやりあうつもりはありません。私は失敗した者を始末しに来ただけですので。それでは、失礼いたします」

 カノープスは背を向けたまま、来た道を戻っていった。陽介は泣き叫び、膝から崩れ落ちた。

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