第21話 宴の裏で蠢くもの

 町に戻った陽介一行は、沈みきっていた町人たちが楽しそうに宴の準備をしている様子に、風が吹くだけでこうも変わるものなのかと驚いた。

「姐さん! 待ってました!」

「飲みましょう姐さん、数年ぶりの清らかな風に乾杯だ!」

「兄ちゃんたちもこいよ!」

 戻るなり一行は男たちに囲まれて、宴の席に引っ張られていった。記憶が戻ったはずだが、相変わらずリベルタは姐さん呼ばわりをされている。


 酒と肉があるだけ振舞われ、一行はたらふくご馳走になった。シンボルを立てていたところは出し物が壊れてしまったので、即興で集まった楽器の演奏をしている。

 アリエッタは音楽を気に入ったのか、フラムを陽介に預けて踊り始めた。

「いやあいいねぇ、女の子が躍る姿なんて懐かしいよ」「いいぞねーちゃんもっとやれー!」

 男たちの視線は、アリエッタにくぎ付けになった。

「彼女は歌も踊りも得意だ。見るのは初めてだが、言葉では表しきれんな……」

「本当だ。めっちゃきれいで、めっちゃ可愛いなぁ……うっとりするって、こういうことなんだな」

「惚れたりするなよ」「わかってるって」

 雲が晴れ、やわらかく撫でる風と月の光を浴びて青い踊り子が舞う光景は、ため息が出るほど麗しかった。




 陽介が宴の後片付けをしていると、リベルタとアリエッタが仲良さそうにしていた。声は出なくとも、どう思っているのか伝わるらしい。

「お疲れ陽介チャン、フラムチャンもありがとね~」

「リベルタこそ。まさか主役だなんて思いもしなかったよ」

 樽の上に腰かけて、労いの乾杯をする。

「アタシね、アリエッタとおんなじで人間が大好きだったの」

 残った酒をぐいと飲み干して、リベルタは空を見上げる。


「だから人間に変化する魔法を使って、時折町に遊びに行ってたわ。それが楽しくて、ついつい長く遊んじゃって……塔から落ちるまで、自分のこと本当に人間だと思ってたもの。バカよね」

 三年間閉じ込められていた二人とは違い、本当の自分と使命を忘れて人間として生きていた彼女は、罪悪感があるようだった。

「君を責めるつもりなど毛頭ない。全てはエルメスが起こしたことだ」

 フラムの言葉に、アリエッタもうんうんと頷く。

「それに、こうやって思い出せたんだから、結果オーライだ。行こうリベルタ、俺たちと一緒に」

「うっ、うっ、あ、あんたたちいいいいいい」

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったリベルタに、陽介たちはまとめて抱きしめられるのだった。


「いいなぁ。みんな楽しそうで、おいしいもの食べてて……このまま帰ったら、スピカ絶対お兄ちゃんに悲しい思いをさせたって、怒られちゃう」

 宴の様子をのぞき見していたスピカは、帰るに帰れなくなって、森でおともだちと一緒に寂しく眠りにつくのだった。その眼には、うっすらと涙を浮かべて。


 その頃聖都では、スピカが失敗したことを察知したエルメスが、怒りに任せて奴隷に八つ当たりをしていた。

「どいつもこいつも使えない! この俺が万能スキルとチートでゴミ能力を最大まで上げてやったのに、スキルもステータスも最弱に設定した凡人くらい、さっさと殺してこいってんだよ! くそっ」

 血を吐き倒れる女奴隷に、追い打ちをかけるように腹部を蹴り飛ばす。


「エルメス様。そのように荒れていらしては、要らぬ反感を買いますよ」

 背後から、褐色の肌に布面積の小さい服を身に着けた女性が現れた。

「……カノープスか。ちょうどいい、次はお前が行け。スピカは殺しても構わない」

「かしこまりました。エルメス様の意志のままに」

 カノープスは、闇にふっと消えていった。


 そんな企てが起きているとは夢にも思わない陽介は、また靄のかかった夢の中にいた。前回よりシルエットが鮮明になっていた。てっきりアリエッタだと思っていたのだが、明らかに身長が違う。長い髪とドレスがゆらゆらと揺れている。

「君は誰……? どうして俺の夢に出てくるんだ?」

「お願い……助けて……」

「助けてって、誰を?」

「この世界を……そして、あの方を……急いで」

「あっ、待って……」

 あの方って誰なんだと尋ねる前に、陽介の意識は溶けていった。

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