第18話 思い出せない名前
「そうね、これじゃあとても祝祭は……」
深呼吸をして冷静さを取り戻したリベルタは、足元に散らばる木材を拾い上げて片付け始めた。静まった町には人々が戻ってきて、撤去作業を手伝い始めた。
人にこそ被害は出なかったものの、陽介は町の大事なものを守りきれなかった無力感に胸が詰まった。陸上部での最後の大会でバトンパスの受け取りに失敗し、最下位に転落してしまった時のことを思い出した。自分のせいで盛り上がっていた興奮が一気に冷め、誰も彼も皆希望が潰えてしまったことを察した、暑い夏の冷え切った空気に似通ったものが漂っていた。
「申し訳ない。一晩の宿までもらったのに、守りきれなかった」
頭を垂れてようやく絞り出した言葉は、そのまま地面に落ちてしまいそうなほど弱々しかった。
「そんなに落ち込まないの。アンタはよく戦ってくれた、むしろケガ人が出なかったお礼を言いたいくらいよ、陽介チャン」
リベルタにわしわしと頭を掴まれ、逆に励まされた。まるで部活の監督のようだと、陽介はますます胸が苦しくなった。いっそあの時のように、お前のせいだと責めてもらえたらよかったのにと、心のどこかで考えてしまうほどに。
「さあみんな! 落ち込んでてもしょうがないわ! 今年がダメならまた次の年。吹かない風は無いのよ!」
リベルタは町中の人を激励しながらテキパキと木材を運んでいく。辛さと悲しさを振り払っているのだろうと陽介は思った。
後はやっておくから屋敷に戻るよう言われ、一行は会場から離れた。来客用の部屋が妙に広く感じ、久しぶりのふかふかベッドだというのに、落ち着けずちっとも眠れないままだった。それでも体は疲れていたようで、そのうち意識が遠のいて、気づけば昼頃まで眠っていた。
「起きたか、もう昼だぞ。祝祭が中止になって、皆暇そうにしているようだ」
チラリと陽介の方を向き、窓から外を眺めてフラムは言った。
「なぁ、風の精霊ってどんなやつなんだ? 祝祭のシンボルにもそれっぽいものはなかったけど」
ベッドから起き上がって聞くと、ソファに座っているアリエッタは手のひらに水の玉を作り、むにむにとこねて大きな鳥の形にした。
「へぇ、鳥の姿をしているのか」
「聞いた話だがな。彼は勇敢な空の戦士で、自由に風を操り天候さえも思うがままに変える。確か名前は……」
いつものように説明していたフラムは、急に言葉に詰まった。
「お、思い出せない……!」
「なんだって!?」
「そ、そんなはずは……! 私が彼の名前を忘れているなど……」
あまりのことにフラムは動揺し、アリエッタも難しそうな顔で考え込んだが、思い出せなかったようで首を横に振った。
「まるで、記憶に鍵をかけられているようだ。エルメスめ! 我々をどれだけ愚弄すれば気が済むというのか……!!!」
「落ち着けってフラムさん、ここで暴れたって埃まみれになるだけだぞ」
床に転がってジタバタするフラムを拾い上げ、ソファに投げる。
「ま、ここにいても仕方ない。情報を探しに行こうぜ、噂話でも聞けたらいいくらいでさ」
一行は情報を求めて外へ出た。がらんと寂しい広さになった町の、祝祭のシンボルが立っていた場所に、リベルタが丸くなって座っていた。
明らかに疲労している様子に、話しかけるの戸惑っていると、彼女の方から声をかけてきた。
「アラ、お寝坊さんね。どうしたの?」
「そっちこそ、大丈夫? な、わけないよな。俺もこんな沈んだ雰囲気嫌でさ、なんとか解決できたらなって、町の人に話を聞きに行こうとしてたとこ」
「……優しいのね、陽介チャンは。惚れちゃうわ」
その言葉に若干寒気がしたが、陽介は会話を続けてみることにした。
「ここ三年くらいで変わったこととかない?」
「そうねぇ、風が止んで流れないから、悪い空気が留まって皆病気がちになったことくらいかしら。あと、アレが付けられたのもそれくらいね」
リベルタは、民家の壁に付けられた供給機を指差した。緑色のメーターが表示されている。赤は炎、青は水とくれば、緑は空気を配給しているのだろう。
「うーん……。後はなんかないかな? 祝祭に関係ありそうな伝説とか昔話でもいいからさ」
「昔話ならあるわよ。すっごい昔、風の民が高い塔を建てたの。ここからでも見えるでしょ」
リベルタが指差す先に、空を突き刺すように伸びる鉄の塔の頭が見えた。星降り山からも見えていたものだ。
「でも、何の為に作ったかさっぱりなのよね。歴史書にも載ってないわ」
「それだ! ありがとうリベルタ! なんかわかったかもしれない!」
歴史書に載っていないと聞いて、エルメスの歴史改変を確信した陽介は、礼を言って行こうとしたが、引き留められた。
「アンタ、あの塔に行くつもり? 魔族がいたらどうするのよ。そこのお嬢ちゃんもそうだけど、そんなしみったれた装備品じゃ身を守れないわ。こっち来なさい」
「あ、ちょっと! 何すんだよ!」
リベルタにひょいと脇に抱えられて、陽介は強引に連れて行かれるのだった。
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