第17話 祝祭前夜

 夜になると、町には昼よりも人が増え始めた。窓から様子を伺うと、男たちが飲めや歌えやの騒ぎになっている。


「前夜祭よ。明日の夜が本番だけど、みんな待ちきれなくて、今夜から騒ぎまくるのよ! アナタたちもいらっしゃい」

 リベルタに誘われて、一行は前夜祭の会場へ。盛り上がり具合は勇者の魔王討伐以来だという。日中準備をしていた屋台では、日本のお祭りと同じく串焼きや焼きそば、ケバブのようなものが道狭しと売られている。


 フラムはご機嫌を直して欲しいと星型のふわふわマシュマロの詰め合わせをアリエッタに買い、ふふふと笑って機嫌を良くした彼女と仲良く分けて食べた。


「こういうのって久しぶりだな……」

 陽介はベンチに腰掛け串焼きを肴に葡萄酒を飲み、ぼーっと道ゆく人を眺める。

「そちらの世界にも、祝祭はあるのか?」

 アリエッタの膝の上から、フラムが聞く。


「祝祭っていうほど大したもんじゃないけどさ。こんな感じに屋台があって、友達と食べあるいたり射的やったり、お神輿……こっちで言うならパレード? を見たりして楽しむんだ」


 串焼きにかじりつき、陸上部の仲間と地元の祭りで食べた焼き鳥のことを思い出して、陽介はほんのりホームシックになった。


 この世界に来てから忙しく、思い出す余裕すらなかったのだが、じわじわと元いた世界のことが気になってきた。仕事は無断欠勤で辞めさせられているだろうか、家族は心配して探しているだろうか、友達と映画を見に行く約束も、完全にすっぽかしてしまったなと、想いを馳せる。帰りたい、元の世界に戻りたい気持ちが、心の片隅に場所を取った。


「なーに辛気臭い顔してるの! 飲んで食って騒ぐのよ! 考えたってどーにもならないことは、今夜はナシよ!」

 バシバシと肩を叩かれ、勝手に酒を注ぎ足される。確かにリベルタの言う通り、考えたところで今はどうにもならないと、酒を飲み串焼きを楽しんでいるところへ、大声で逃げろ逃げろと叫びながら、男が走ってきた。


「姐さん大変だ! 魔族の群れがこっちに向かってくる!」

「なんですって!?」

「もうそこまで来てる! みんな逃げろ!!」

 魔族が襲来すると聞き、人々は慌てふためき町はパニックに陥った。リベルタは屈強な男たちを呼び集め、家のあるものは戻って戸締りを、ないものは屋敷に避難させるようにと指示を出していた。


(流石リーダー、陽気に浮かれてるだけじゃないんだな)

(感心している場合か。足音が近い、来るぞ)

 地鳴りと共に町に侵入してきたのは、トンボやカマキリに似た虫魔族の群れだった。陽介は手をかざし情報を見る。

「スピカのおともだちってやつか」

(気をつけろ、山で戦った時よりも数が多いぞ)


 遊撃虫魔族スカイチェイサー:Lv10 強さ:そこそこ強い

 説明:空から一斉に奇襲をかけて数で相手を圧倒する。数が少なければそれほど危険ではない。


 首刈虫魔族グレイブマンティス:Lv10 強さ:わりと強い

 説明:大きな鎌で相手を切り裂き、特に首を好んで食う。墓場にも現れ、掘り出された死体が無残な形で発見されることも珍しくない。


 魔族の群れは見境なく物を壊し、食べ物を食い荒らし、逃げ遅れた人を襲う。そこへリベルタが怒りの形相で立ち塞がり、スピカの魔法で強化されているだろう鎌や羽を掴み、力で引っ剥がしていく。


「てめぇ! よくもウチのシマで暴れてくれたなぁおい!」

 明る陽気なクネクネした動きから一転、どっしりと腰を落とし、拳一つで魔族を貫き塵に変えていく。野太い声を上げ腕をまくり、ひっ捕まえては投げ倒していく。


「やっちまえリベルタ姐さん!」「風の民の根性見せてやれ!」

 ヤジとも声援ともつかない男たちの声が飛び交う中、倒しても起き上がろうとするグレイブマンティスに、アリエッタは槍を突きトドメを刺しておく。フラムは魔族と間違われてしまわないよう、陽介のマントの中に身を潜め、リベルタの視線が外れた隙に空を飛ぶスカイチェイサーを燃やしていく。


「旅のニイちゃんたちはどいときな。ウチで粗相したらどうなんのか、この虫どもに教えなきゃなんねぇ」

「俺たちも戦わなくちゃいけない。こいつらがここに来たのは、俺たちのせいかもしれないから」


 陽介はリベルタと背中合わせになり、押されがちだが戦えていた。片手剣一本にバックラーと、強くなさそうな見た目。だが決して無謀に突っ込むのではなく、自分の死角からの攻撃を防いでくれた陽介の姿に、リベルタの心には爽やかな風が吹き抜けた。


「……アンタ、名前は?」

「陽介だ」

「陽介チャンね、覚えたぜ」


 リベルタの怒涛の力技で敵は粗方塵となったが、残党は逃げていった。前夜祭の会場は酷い有様で、屋台からベンチから大事なシンボルまで、無惨にも砕かれしまっていた。

「俺たちの祝祭が……」

 破片を拾いため息を吐く男たち。盛り上がっていた熱気が一気に冷め、諦めの雰囲気が漂っていた。

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