風の大陸編
第16話 祝祭準備に浮き立つ町で
白銀竜の背に乗り、大空を行く一行。独特の浮遊感があるが、陽介は酔わなかった。いや、酔っている場合ではなかった。風を切る気持ち良さもあったが、山よりもっと高いところから見下ろした色鮮やかな世界が、気づかぬうちに涙を流すほど感動的だったからだ。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。ゴミが目に入っただけ」
悟られるのは恥ずかしいと思い、袖でぬぐってなんでもないとごまかした。
「あっ、町が見えてきた! なんか雰囲気良さそう」
「ラルジャン、あそこまで行ってくれ」
「ガルルル!」
ラルジャンが降下を始めると、陽介はやっぱり気持ち悪くなってしまった。吐かないうちにたどり着きますようにと祈り目をギュッと瞑っていた。
「グルルウ!」
「連れてきてくれてありがとう。また会おう!」
胃の中身が飛び出るギリギリのところで町に着き、ラルジャンは一行を下ろすと、優しい氷の息吹を吐いて飛び去った。日差しを受けて光る氷の粒は、まるで旅路を祝福するかのように煌めいた。
町は華やかに飾られて、人も多く活気付いていた。道の端は行商人が屋台の設置に追われている。アリエッタはまだふくれていて、フラムから距離を取り陽介の隣を歩いた。
「よう兄ちゃん、いいドール連れてんじゃねーの」
「俺たちにも貸してくれよ」
「溜まってんだよねー、最近」
辺りを見回しながら歩いていると、ガラの悪そうな男たちに行く手を塞がれた。美しい容姿であり声が出ないアリエッタのことを、ドールだと勘違いしているのだ。
「見るからにめんどくさそうな男たちだ。俺の後ろに……って、アリエッタ?」
陽介が庇って前に出ようとしたが、彼女は男たちの方へ堂々と近寄っていく。
「物分かりのいい子で助かるぜばちゃぁ!?」
「たっぷり可愛いがってやへぶちっ!?」
彼女はすぅと息を吸って両手を大きな水の拳で覆い、男二人の腹に叩き込んだ。人間を愛しているが、それとこれとは別。欲に塗れた人間など数え切れないほど接してきた彼女は、戒め方もよく知っている。
「あ、ご、ごめんなさーい!!」
残った男が二人を引きずって逃げていくと、ようやくスッキリした顔になった。
(彼女は何を怒っていたんだ?)
(誰かさんの惚気のせいだよ。ご機嫌取っとくことだな、フラムさん)
きょとんしたフラムの背中を、陽介はポフポフと軽く叩いた。
「あーら、アナタたち見てたわよ! いい殴りっぷりだったじゃない」
突然声をかけられてびっくりしていると、派手な衣装を身につけた人間に二人して肩を抱かれた。
「アタシはこの町のリーダー、リベルタ。自由を愛する風の民よ、よろしくね」
陽介はひと目でリベルタに気に入られたのか、やたらと体を触られる。Heart0の効果で、異性からの好感度は上がらない。ということは……。
「あんた男かーっ!」
「ヤダ失礼しちゃうわ。心は純情なオトメよっ!」
飛び退いた陽介に対して、リベルタはウインクした。彼(彼女?)は明日から始まる祝祭の準備に浮かれているらしく、旅で訪れた陽介たちを歓迎してくれた。風の日と呼ばれる祝祭は、この大陸にとって重要な行事らしいのだが、何故重要なのかはわかっていなかった。精霊について尋ねてみるが、やはり知らないと答えられた。
「ここって、風の流れが悪いって聞いたけど」
「そうなのよー、困っちゃうわよねー。昔は澄んだ空気で満ちた大陸随一の療養地だったのに、今じゃ全部管理されてるだなんて」
リベルタも聖都からの供給には憤りを感じていた。祝祭が終わったら、文句を言いに乗り込むつもりでいるらしい。
「なんとなくだけど、みんなこの祝祭にかけてるの。もしかしたら風が吹いてくれるんじゃないかって。そうしたら、鬱憤も何もかも晴れて、事態が好転するんじゃないかってね。さ、アナタたちも楽しんでって」
気分を良くしたリベルタの計らいで、持っている屋敷に泊めてもらうことになった。久しぶりのふかふかあったかいベッドに、陽介はものの数秒ほどで眠りに落ちてしまった。
「ふーん、お祭りね」
町に送り込んでいる鳥の魔族の目を通して、陽介たちの様子を覗き見ていたスピカは、意地悪そうな笑みを浮かべた。
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