第15話 竜の巣を越えて
どれくらいの間走っただろうか。進むほどに星屑が増えていき、足元が埋まるくらいになっていた。モンテスマたちの叫び声が聞こえなくなって、ようやく一行は倒木に座り一息ついた。
「また強烈なやつが出てきたな」
フラムはアリエッタの膝の上でふぅとため息をつき、毛を繕ってもらっている。
「割り込みがあって助かった。君もこれに懲りたら工房にもど……」
気づくと、さっきまで一緒に逃げていたはずのビスクドールはいなくなっていた。代わりに星屑が詰まった革袋が落ちていて、陽介は拾いながらどうして自分はあの子のことがこんなにも気になるんだろうと悩んだ。どこかで会った気がしなくもないが、異世界に知り合いなどいるはずもない。しばらく考えた末、結論が出るものでもなく、まあいいやと体を休めることにした。どんなに経験を積んでも体力がまあまあから上がることのない陽介は、休まなければ動けないのだ。
いつどこからスピカの手駒が襲ってきても対処出来るよう警戒しながら進んでいくが、山道は鳥の鳴き声すら聞こえず、不気味なほど静まりかえり、時折音を立てるのは空から降ってきた星屑くらいだった。
山頂まであと少しというところで、広く視界が開けた。水と風双方の大陸が一望でき、水側の町や湖、船着場から海の方まで見られる。風側には高い塔があり、未知に踏み込もうとする好奇心は、晴れやかな気持ちで満たされた。
「すげぇ! 大陸って、こんなに広いのか! 今ならどこまでも行ける気がする!」
眼前に広がる世界は見渡す限り雄大で、陽介は改めて異世界に来たことを実感した。
「海の向こうにぼやけているが、白いものが見えるだろう? あれが聖都、我々の目的地だ」
フラムに言われ目を凝らして水平線の彼方を見やると、確かに白いものがぼんやり陽炎のように浮かんでいる。
「本当だ。エルメスはあそこにいるのか……」
絶対にエルメスを倒す。倒して、現代日本に連れて帰ると、陽介は固く決心した。
そのまま山頂に向けて進んでいくと、大きな絵の描かれた地図看板があった。山頂から反対方面に降りて行けば風の大陸であることが描かれている。地図の隣には大きな竜の絵があり、横に「ここから先、竜の巣あり。目を覚さぬよう抜けること」と書いてあった。
陽介はフラムと出会った洞窟にいた、人を食っていただろう白銀竜を思い出して、身震いした。あの時同様寝ていればいいのになと、心の中で願っていた。
山頂にたどり着くと、鉄線をねじ曲げて鳥の巣のように丸めたものがあり、その上に見覚えのある白銀竜が身を伏せていた。今なら詳細もわかるだろうと、陽介は手をかざしてステータスを開いた。
氷纏幻獣ラルジャン:Lv20 強さ:めちゃくちゃ強い
説明:氷の息吹を吹き上げる白銀の竜。鱗は鋼の刃も通さず、翼を広げて飛び立てば、空では無敵を誇る。
幻獣:神の意思を伝える為に創り出された生き物。神託や神罰を人々にもたらすと言われている。
「ラルジャン! ここは君の巣だったのか」
「グルルルル……」
駆け寄ってきたフラムに気づいたラルジャンは体を起こし、喉元でグルグルと唸った。子らしき小竜が数匹飛んできた。口いっぱいに果実を咥え、蓄えの山に落としていく。
「あれ? この竜って人を喰うんじゃ……?」
山のように積まれた果実を喰らう様子に、陽介は首を傾げた。
「馬鹿を言え、幻獣が血の通う生き物を喰らうことなどない!」
「えっ、じゃあ、あの洞窟にあった人の骨は??」
「……あれは、我が大陸の民だ。君と同じように洞窟へ転がり込んで、出られぬまま命を落としてしまった」
フラムはふうとため息をつく。重い話題になってしまい、陽介は目をそらし閉口した。知ってか知らずかラルジャンが近寄ってきて、小竜とフラムを合わせてペロペロと毛づくろいを始めた。
「そうかそうか、子育ても順調でなによりだ。ハハハ」
ラルジャンと仲睦まじく話をするフラムのことを、アリエッタはむすっとした顔で睨んでいて、陽介はそれをニヤニヤしながら見ていた。一応、閉じ込められていた時に一緒だった事だけは伝えておいた。
「ガル、グルルゥ」
「うむ、そうだ。我々は山を降り風の大陸へ行くところだ」
フラムは普通に会話をしているが、陽介には内容がさっぱりわからない。アリエッタにはわかるのかと尋ねると、首を横に振った。
「グルルルゥ!」
「なんと、乗せてくれるのか! ありがたい」
ラルジャンは陽介たちに近づいて、大きな翼を広げた。よじ登って背中に座ると、ラルジャンは地面を力強く蹴って浮かび上がり、あっという間に空高くまで飛んだ。
「ガルゥ!」
「しっかり掴まっていろと言っている。行くぞ」
ファンタジーの醍醐味とも言えそうなドラゴンの騎乗体験だが、人が乗ることを想定していない上に高速で飛んでいくラルジャンの体に、陽介はしがみ付いているだけで皆精一杯だった。しかし、アリエッタは納得いかなさそうな表情を崩さないままだった。瞬きしている間に山は小さくなり、星屑で黄色く染まっている景色が見えた。
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