第14話 星降り山のモンテスマ

 翌朝。陽介一行は、早い時間に町を発った。決闘後盛り上がりすぎた観衆にもみくちゃにされ、夜遅くまで酒場から開放してもらえなかったが、どうにか抜け出してきたのだった。

「陽介、もう行くんだろう。さあ、アリエッタ様もどうぞこちらへ」

 ウェーブが何でも言うことを聞くというので、馬車を出してもらうことにした。ここから風の大陸は地続きになっており、山が境界線になっているので、麓まで連れていってくれるそうだ。


 舗装のない道を進む馬車の乗り心地は良いものではないが、贅沢は言っていられない。気を紛らわせようと風景を眺めていると、泥濘にはまって押して脱出させることになったり、大きめの石に車輪が当たって壊れてしまったのを取り替えたりで度々止まるが、ずっと揺れている船よりは幾分か良いと、陽介は手伝いを惜しまなかった。


 山の麓が見えてくると、今まで爽やかに吹き抜けていた風がピタリと止まった。晴れていた空は暗雲が立ち込め、不穏な気配がピリピリと肌に走る。


「ありがとうウェーブ、ここまでで大丈夫。後は歩いて行くよ」

「山には商人や冒険者たちの使う道がある。赤いロープを頼りに行くといい」


 馬車を降りた一行はウェーブに別れを告げ、そびえ立つ山に言い知れぬ不安を抱いた。それでも進まなければ始まらない。陽介はグッと拳を握って、歩き出した。


 水と風の大陸を分ける山は「星降り山」と呼ばれ、黄色くて小さな星屑が夜ごと降り注ぐ。枯れ葉のように地面を覆い、歩くたびサクサクと軽い音がする。商人や旅人が使っている道は迷わないように赤いロープが張られ、それを頼りに辿っていく。


 ところが、二股に分かれた道でロープが途絶えていた。切れ端を拾うと、強い力で引きちぎられた形跡があった。

「これじゃあどっちへ行ったらいいかわかんないな」

「魔族か奴の妨害か、どちらにせよ進まなければ」

 一行がどちらの道をいくべきか悩んでいると、向かって右側の道から、星屑を踏む音が聞こえてきた。敵であることも考え短剣を抜き構えていると、やってきたのは工房で出会ったビスクドールだった。


「あっ、武器をくれた子だ」

「手招いているようだな。どうする?」

「行ってみよう」

 疑うことなく即答し、ドールのいた右側の道を進んでいくと、行手を遮るように猿の容姿をした魔族の群れに囲まれた。

「こいつらは……」

 陽介はステータスを開いた。


 山王獣モンテスマ:Lv7 強さ:わりとつよい

 説明:山全体に生息し必ず群れで行動する。縄張り意識が高く好戦的で、モンテスマの住む山は他の魔族が住み着かない。


 荒い息遣いで赤い目をギラリと光らせ、一斉に襲いかかってきた。

「くっ、罠だったか! そいつも奴の手先か」

「違う! 彼女はそんなんじゃない!」

 反射的に言い切ってから、陽介は思わず口を押さえた。どうしてビスクドールが敵の差し向けたものでないと信じられるのか、理由が説明できなかったからだ。


 フラムの炎とアリエッタの槍は警戒されているようで、射程に入らないよう距離を取られる。一方で陽介は剣しか持っておらず、多数に狙われた。

「よく見てるな……でも、下に見すぎだぜ!」

 訓練を重ね決闘という実戦を経て、陽介の動きはかなり良くなっていた。盾で相手の爪や牙の攻撃を受け流し、手や喉元に剣を突き刺して体制を崩せば、炎も槍も攻撃が通る。

「上出来だ! 得るものはあったようだな」

「はぁ……はぁ……まぁね!」

 フラムの評価に自分は戦えると鼓舞して、陽介は顔を上げた。


「モンちゃんたちにひどいことしないで!」

 残り数体まで減らすと、どこからともなく声がこだました。

「おともだちをいじめるわるーい子は、みんな死んじゃえ♪」

 の声と共に、倒した数だけ補充されるようにまた現れた。

「誰だ! 出てこい」

 声色からして女の子であろうことが推察出来るが、姿が見えない。


「クスクス……スピカはアルデみたいにおバカさんじゃないから、ノコノコ出ていったりしないもーん」

「へぇ、スピカって言うのか。アルデバランの事知ってるってことは、エルメスの仲間だな?」

 陽介は余裕そうに笑った。


「あっ、言っちゃった! ちょっとー、それゆーどーじんもんってやつなんじゃないのー? スピカおこっちゃうんだから! やっちゃえモンちゃん! 腕力増強パワーアップ!」

 スピカの声を合図にモンテスマたちは雄叫びを上げ、勢いをつけて殴りかかる。広範囲に放つ炎すら、なぎ払い消されてしまった。


「フラムさん危ない!」

 盾では防ぎ切れないと思い、陽介はフラムを抱えて転がり避けたが、今度はアリエッタが一人になってしまった。


 槍を向けるアリエッタと、腕を振り回し突進してくるモンテスマの間に、木の上から数体の影が戦闘に割って入ってきた。どうやら別の群れで、塞ぐ道をこじ開けようと揉み合っている。


「仲間割れか?」

「なんだかわからないけど、今のうちだ!」

 開かれた隙間を走って、陽介たちは逃げ出した。

「あ、ちょ、ちょっと! まだスピカが遊んでるのに! この……」

 割って入ってきた群れに対する、言葉にするには憚れるスピカの罵詈雑言を、置き去りにして。

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