第13話 不穏な気配
陽介たちが水の大陸で過ごす一方、聖都では重傷を負いながらも逃げ延びたアルデバランが、邪魔者の始末に失敗したことを詫びる為エルメスの前に跪いていた。
「も、申し訳ございませんエルメス様……なんの取り柄もないただの人間だと──」
最後まで言い終わらないうちに叱責の目で睨みつけられ、口を閉じる。
「あれほど油断するな、と言ったはずだが」
エルメスと呼ばれている青年は、苛立ちを込めてアルデバランを蹴り飛ばす。
「うぐっ……お、お許しを! 何卒、何卒挽回の余地を、私めに!!」
「アルデってば必死すぎぃ。さむ〜い」
恐怖に震え許しを乞うアルデバランをせせら笑いながら、金髪碧眼でピンクフリルのスカートをなびかせた、年端も行かぬ女の子が姿を現した。
「ねぇねぇエルメスお兄ちゃん、今度はスピカにやらせて〜」
甘えた上目遣いでおもちゃをねだるように言うスピカの頭を、エルメスはよしよしと撫でた。
「いいよ。お兄ちゃんを悲しませないでね」
「はいなの! スピカ、がんばっちゃうもんね〜」
アルデバランに侮蔑の視線を送り、クスクス笑ってスピカはスキップしながら消えていった。
仕事に慣れ暇も増えた陽介は、時間の有る限り剣の練習をしていた。隣に泣きじゃくっていた子供も一緒だ。彼の名前はアクアと言い、名前が女っぽいこともいじめられていた理由だった。お互い強くなって見返してやろうと、今日も剣を振るう。
強くなりたいと思った背景には、赤屍の言葉も引っかかっていた。エルメスは元々自分と同じ、現代日本から来ていた。その話が事実なら、なおのこと人々と精霊たちを蔑ろにして、偉そうに聖都でふんぞり返っているであろうエルメスを倒さなければならない、出来るなら連れて帰りたいと、無意識に日本人の悪いところである「連帯責任」のような使命感を抱えていた。
もちろん、そんな考えは杞憂でしかない。町の人はよく働き快活な陽介を受け入れ、アリエッタはともかくフラムからは今の所信頼を得られている。操られていた場合を除けば、誰もエルメスと同じ世界からきただけで差別しない。自分は自分、他人は他人なのだが、今はまだそのことに気づいていない。
結局技の一つも習得出来なかったが、それでもやりきって悔いはないと考えていた六日目の夜のこと。寝ようとしていた陽介のところへ、酒場で飲んでいた青年の一人がやってきた。元Bランク冒険者で、町の人が言うには「親衛隊の過激派」だ。入ってくるなり威圧的な態度で睨みつけてくる。
「君、スキルもステータスも無いのに随分頑張っているんだってね」
「そりゃどーも。そんなこと言いに来たわけじゃなさそうだけど」
面倒事が起きる予感がした陽介は、ぶっきらぼうに答える。
「聞いたよ、聖都へ行くんだってね。だけど君のような非力な人間に、アリエッタ様を任せるわけにはいかない。親衛隊隊長として、決闘を申し込む!」
「決闘だと!?」
驚いて飛び上がるフラムを掴んで、陽介は何事もなかったかのように床に置く。
「そうだ。もし君が負けたなら、アリエッタ様の護衛にはボクが付く」
「……俺が勝ったら?」
「ありえないね。万が一にでもそんなことが起きたら、ボクは何でも言うことを聞こう」
「乗った」
陽介は煽られて黙っている性分ではない。売られた喧嘩は買うと決めている。
「では明日の昼、噴水広場で待つ」
青年はそれだけ言うと、乱暴にドアを締めて去っていった。
「陽介、君は正気か!? 決闘は一対一の真剣勝負、私は手を貸せないぞ」
フラムは焦った様子でベッドに飛び乗ってきた。
「わかってる。でも、あんな煽られ方したら乗らずにはいられないよ」
「全く……どうなっても知らんからな」
フラムは窓辺で丸まり、陽介も眠りについた。自分がどこまで通用するのか、試すにはいい機会だと考えながら。
翌日の昼頃。どこから聞きつけたのか、噴水広場には人だかりができていた。どちらが勝つか賭けが行われており、青年側の皿に硬貨を置くものが大半だった。その中には、アクアといじめっこたちもいて、彼らも賭けをしていた。
陽介が勝てば、アクアをもういじめたりしないというが、始まる前からいじめっこたちはニヤニヤ笑っていた。元Bランクの冒険者に勝てるわけがないだろうと思っているのだ。実際のところ、アクアも同意見だ。しかし、励まし鍛えあった陽介には負けてほしくない。一矢報いてくれればと、ぎゅっと目をつぶった。
会場にこれから剣を交える二人が現れると歓声が上がった。
「逃げずに来たことだけは褒めてあげるよ」
青年は鼻で笑って、逃げても良かったのにと付け加えた。
「早いとこ始めようぜ」
二人は背を向けて三歩距離を取り、振り返って剣を抜いた。
「君の醜態、皆に見てもらうといい!」
冒険者の青年がステータスを表示した。
ウェーブ:おとこ(22)
職業:冒険者Lv8
HP:そこそこ
MP:そこそこ
攻撃:わりとある
防御:わりとある
魔法攻撃:まあまあ
魔法耐性:まあまあ
素早さ:そこそこ
スキル
剣技Lv3:剣を装備した時攻撃が上がる。Lv10で変化する
守盾Lv2:盾を装備した時防御が上がる。Lv10で変化する
冒険者の心得:道に迷わなくなる
同時に陽介のものも表示され、人々から悲鳴にも似たような声が上がる。
「うわあ、ひでぇ」「これは差がありすぎる」
「こんなスキル見たこと無いよ」「女にモテないとか呪いじゃん」
(ああ、散々な言われ方をしている……)
フラムとアリエッタは人だかりから少し離れたところから決闘の様子を見ていた。まだ陽介を信じきれていないフラムは、あまりに打ちのめされた場合仲裁に入ろうと考えており、アリエッタもそれがいいと首を振った。
「もしボクに一撃でも加えられたら、君の勝ちだ。参ったと言ったら君の負け。それでいいね?」
「ああ、構わない」
「それじゃあこちらから」
ウェーブの剣筋は鋭く、攻撃を見てから盾で防ぐのでは遅かった。陽介の肩にビリッと痛みが走る。すぐに後ろに飛んで距離を取り、追撃から逃れる。観衆の一喜一憂する声は、ウェーブの味方だ。
「少しは教わったようだね。降参するなら今のうちだよ」
「誰がするか!」
斬りかかる陽介の剣筋は素人そのもの。愚直なほど真っ直ぐにしか振り下ろせないので、どこに攻撃が来るのか予測がついてしまう。案の定盾で簡単に防がれてしまった。
「打ちのめされなきゃわからないか」
剣技が飛んでくると構える陽介の裏をかき、ウェーブは軽い水魔法を撃って盾で防がせ、死角から切りつけた。赤いマントが切れ、腹部から血が流れる。
「ぐっ……げふっ……げほっ……」
痛みに膝をついた陽介は、追撃を躱せずに喰らってしまった。そこからはなし崩しに剣で叩かれ蹴り転がされ、勝負はほとんどついてしまった。観衆は予想通りだなとため息をつき、早々に帰る者が出始めた。
アクアは怖くて恐ろしくて、目を開けることが出来なかった。どっちになってもいいから、もう終わってくれと願うばかりだった。参ったと言わない陽介に、どうして早く降参しないのかと苛立ちすら覚えた。
「そろそろ諦めたらどうだい」
「ま、ま、っ……」
「そうそう、その調子」
ウェーブは、心待ちにしている言葉陽介の口から出るのを今か今かと近づいてくる。
「……まだ戦える!」
しかし陽介の闘志は消えずに燃えていた。蹴りを入れ、体制を崩し持ち直すまでの間に立ち上がり、追撃がくるだろうと盾を右側に構えた裏をかいて、剣を左手に持ち替え、さっきやられたことをやり返した。
「うっ……!」
ウェーブの胴体に、しっかりと剣が当たっていた。
「そこまで!」
フラムが両者の間に炎を吹き、入ってきた。偶然ではなく狙いを定めて入った一撃であることを認め、勝者は陽介だと宣言した。
観衆はざわつき、ようやく目を開けたアクアはほっとして泣きそうになったが、グッと堪えた。いじめっこたちは驚いた顔で固まっている。
「ま、まさか……こんな奴に一撃入れられるなんて……!」
ウェーブはがっくりと膝をついた。
「はぁ……はぁ……じゃ、何でも言うこと聞いてもらおうかな」
戦いが終われば敵ではない。陽介はウェーブに手を差し出し握手を交わし、観衆はどんでん返しに大いに沸き立つのだった。
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