第12話 強くなりたい、世界を知りたい
敵が去り静かになった湖の水たまりに、アリエッタの手が触れる。清らかな水が溢れ、枯れていた湖にコポコポと波紋が広がっていく。ある程度水位が上がると、自然と湧き出し川に流れていった。愛おしそうに水面を撫でるアリエッタは、無垢な少女の様だった。
目的を果たした一行は町へ戻って、治癒師の元で一晩を過ごした。不思議なことに、ぐっすり眠れば頭はすっきりして、体も調子が良くなった。この世界では、眠ることで体力や魔力が回復するらしいことをフラムから聞いた。
もしまたアルデバランと戦うとなれば、装備も強化しておきたい。盾が壊れてしまったこともあり、陽介一行は修理店に行った。
「……珍しいこともあるもんだ。お客さん、こりゃダメだよ。ステータス見てみな」
そっけなくつき返された剣の詳細をステータスから見ると、端っこの方に小さく「強化不能」と赤文字で書かれていた。
「そんな、強化できないなんて! どうにかならないですか?」
「この剣は特殊なものだけど、こんな状態になるはずないんだがな……悪いが、うちじゃ無理だ。バックラーなら新品があるけど、もっと強い武器が欲しければ行商人を待つか、風の大陸に行くしかないね」
と、肩を竦められた。結局バックラーだけを購入し、とぼとぼ町を歩く。
「盾はともかく、武器の強化も不可能とは……エルメスめ、どこまでも陽介を不利な状態にするつもりか」
フラムは卑怯な手段に怒り、アリエッタが宥めている。
「だが、風の大陸に行けばいいのだとわかれば一石二鳥。早く──」
「ちょっと待ってくれ!」
言葉の途中で、陽介は待ったをかけた。この世界について、自分は何も知らなさすぎると実感していた。二人がいなければあっという間に死んでいた。早くエルメスを倒さねばならないのは理解しているが、頭と体を鍛える時間が欲しいと頼んだのだ。
それならばと一週間だけの約束をして、昼は雨も上がって客足が増えた宿屋でシーツを洗ったり掃除をして働き、午後は図書館で勉強。夕方から夜になるまでは宿泊客の元剣士から教わる剣の稽古と、忙しい生活が始まった。
本は所々ページが欠けている創生神話や説明部分が真っ白な精霊信仰についての本、魔法の歴史や魔族の図鑑など、日本には無いことが書かれたものを率先して読んだ。意味がわからないところはフラムとアリエッタに尋ね、改変されていないことを確認しながら。
剣術は素人な上に対応する職業でなく、スキルも無いので、ほとんど上達しなかった。強くなりたい気待ちの焦りもあり、思うようにならない。
「やっぱ、無理なのか……」
貸してもらった剣を投げ出し、大の字になって寝そべっていると、フラムがトコトコやってきた。陽介の隣に座り、夕暮れに染まる高い空を見やる。
「練習は順調か?」
「ぜーんぜん。何回教えてもらっても、基本的な動きすら上手くいかないや」
そうかと応えてフラムは黙る。しばらく無言の時間が流れ、静寂を破ったのは、陽介の方からだった。
「フラムさんにはあんなこと言ったけど、スキルとかステータスとかで本当に全部決まっちゃうんだな、ここは」
「今はな。このまま諦めるか?」
「……」
陽介は言葉に詰まった。
「答えられないのは、心が燻っている証拠だ。また火をつければいい。諦めずに立ち上がれるのは、人間だけだぞ?」
フラムは前足でペチペチと陽介の頬を軽く叩くと、宿の方に歩いていった。
「やってやろうじゃん!」
陽介は体を起こして、投げ出した剣を拾って握った。
「……もうやめなよお兄ちゃん」
しばらく丸太相手に一人練習をしていると、小学生くらいの子供に話しかけられた。顔にも足にも傷があり、今にも泣きそうな顔をしている。
「どうして、自分に向いてないことするの? そんなことしたって、ステータスとスキルがなかったら意味ないよ」
うつむいたまま、か細い声で言う。
「俺も昔そう思ってた。自分には走るの不向きなんじゃないかなって。でも、諦めたくなかった。やれるところまでやってみたかった」
「そんなの……」と子供は涙ぐむ。
「そんなの、やれることまでやれなかった人が惨めで情けないじゃん!!!! 諦められなかった自分が馬鹿みたいじゃん!!!!」
子供はわあわあと大声を上げて泣き出してしまった。
「お、おい、どうしたんだよ」
陽介は剣を置いて、子供が泣き止むまで待ってから話を聞いた。その子は剣士にあこがれていたが、両親共に冒険者ではなく遺伝したステータスは学者向きだった。それを友達に馬鹿にされて、いじめられていたのだ。学者の子は学者なのがお似合いだ、魔族も居ないのに剣士になるなんてどうかしていると。
「あー、いるよなそういうやつ。俺の周りにもいたわ」
「だから、毎日練習してるお兄ちゃんを見てたら、なんか、ムカついてきちゃって……」
「いいよいいよ、大丈夫。そいつらもきっと、努力してる君のことを見てムカついていじめてきたんじゃないかな」
「えっ、そうなの?」
子供は意外そうに顔を上げる。
「憧れに向かって進んでるのが羨ましかったんだよ。いじめなんてしょうもないことに時間割いてるやつは、大体やらないからな。俺は諦めないで走ってたら、そんな奴らは周りからいなくなった」
だからさと、陽介は子供の手を握って言う。
「心が燻ってるなら、火をつけようぜ。って、人の受け売りなんだけどな」
陽介が笑うと、子供もつられて笑った。
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