第11話 新たな力

 アルデバランがアリエッタの背後から放った魔法の矢は、無情にも陽介の体を貫いた。赤く広がっていく生温い血溜まりに、ゆっくり沈むように倒れていく。

「陽介! 陽介!!」

 薄れていく意識の中、陽介はフラムが呼んでいる声と、アルデバランの高笑いが混じった雑音を聞いていた。



 気がつくと、陽介は何もない真っ白な空間に浮かんでいた。横腹に大きな穴が空いており、自分は死んでしまったのかと悟る。フラムとアリエッタは無事逃げられただろうかと考えながら、目を閉じると声を掛けられた。目を開くと、真っ赤なスーツに身を包んだ男が立っていた。


「どーもー。自分、死神の赤屍っす。以後お見知りおきを」

 やけに軽いノリの死神は赤屍と名乗り、適当に挨拶して近づいてきた。

「死神……? ああ、お迎えってやつ?」

「いや、キミはギリ生きてるっす。今アリエッタのお嬢さんが、頑張って治療してくれてるとこっす」


 赤屍がリモコンのボタンを押すと、空中に映像が映し出された。倒れて動かなくなった陽介に必死に治癒魔法をかけるアリエッタと、アルデバランの魔法攻撃に応戦するフラムの姿があった。


「よかった、二人に怪我はなさそうだ」

「随分のんきっすね陽介クン、あのままじゃそのうちやられちゃうっすよ? まぁここは時間の流れが違うから、まだ大丈夫っす」

 名を呼ばれて驚く陽介の様子を、赤屍はケラケラ笑って映像を切った。


「そりゃ死神っすから、キミの経歴くらいすぐわかるっすよ、日比谷 陽介クン。警備の仕事帰りに異世界に飛ばされてチーターの尻拭いなんて、難儀っすね」

「ちーたー?」

 意味がわからずに首を傾げる。動物のことを言っているのではないのはわかる。


「エルメスのことっす、キミと同じ現代日本から転生してきて、この世界をチート使って好き勝手したやつっす」

「チートって、なに?」

「ええっ、そっからっすか!?」

 チートとは簡単に言えばズル、不正行為のことで、努力せずに高い能力を得たり、本来ありえないことを可能にする、万能な力のことだと教えてもらった。


「で、転生ってなに?」

「あー、そこもっすか……」

 転生とは不慮の事故や神の手違いにより死んでしまった人間に、別の世界で新しい命を与えることだと教えてもらった。現代日本から異世界へ行く人間は年々増加傾向にあり、手に負えなくなった異世界の神々から、死神に魂を回収してくれと依頼があったそうだ。


「で、自分はヤツの魂を回収しにきたんすけど……訳あって会えない。だから唯一の希望、キミを失うわけにはいかないっす」

 と言って、赤屍は顔を近づけてくる。

「取引しましょう。体を貸してくれたら、死神の力でステータスを爆上げして、アルデバランをやっつけてあげるっす。もちろん返した後も効果は永続的。どうっすか? この先のことを考えたら、悪い話じゃないと思うっすけど」 


「……うーん。それって、そのチートってやつと大して変わらないじゃん。そんな力には頼りたくない! 努力しても報われる世の中じゃないけど、楽して最強なんてごめんだぜ! それに、あんたが体を返してくれる保証なんてないしな」


 その答えを待っていたかのように、赤屍はニヤリと笑った。

「いいっすね、キミのこと気に入ったっす。でもピンチはピンチ、この場を切り抜けられそうなスキルを教えてあげるっす」

 赤屍は指先に赤い光を灯すと、陽介の額に当てて呪文のような言葉を呟いた。赤い光は陽介の体に吸い込まれて、ふわりと暖かい感触に変わった。


「そろそろお時間っすね」

 と言って、赤屍は陽介の腹を指差す。

「……穴が塞がってる! アリエッタが治してくれたんだ」

 信じられないといった顔で摩ってみたが、傷すら残っていない。

「さあ、行くっすよ。スキルは目が覚めたら使えるようになってるっす」


 赤屍が手を叩くと陽介の視界は暗転し、眠るように意識が薄れていった。



「思ってたよりよっぽど良い人材っすね、陽介クンは。選ばれただけのことはある、スカッとする答えっす。こんな使い古したゲームシステムとネットスラングでベッタベタの、手垢まみれの異世界をちゃんと救ってくれそうっす」

 赤屍は、白い空間からドアを開けて出ていった。これで自分の仕事が楽になると鼻歌を歌いながら。



 飛び起きるように目を覚ました陽介は、急いで新たに取得したスキルを確認する。


 絆の力:戦闘中一度だけ、同意を得られた場合のみ精霊の力を借りて使用できる。


「これならいける! フラムさん、力を貸してくれ。絶対にあいつをぶっとばす! アリエッタ、本当にありがとう。ゆっくり休んでくれ」

 燃える決意を宿した陽介の言葉に、フラムは力強く頷いた。アリエッタは陽介の回復に力の殆どを費やしてしまい、その場にへたり込んだ。


 剣を握りしめる陽介の手にフラムの手が重なり、刀身が炎に包まれる。一振りすれば降り注ぐ魔法の矢は煙のように消えた。

「これが……精霊の力! 手を放したら自分ごと焼けちまいそうだ!」

 剣からビリビリと強い刺激が体中に伝わり、両手でしっかりと握りしめていなければ、暴発してしまいそうだった。


「どうやら私の力を貸し与えるスキルのようだな。いいぞ、そのまま切り裂け!」

空に向かってもう一振りすると、炎の斬撃はアルデバランのいる高さまで届いた。


「馬鹿な! この程度のステータスの人間にそんな力があるはずがない!!」

 アルデバランは戸惑うが、引こうとはしない。こんな力を持っているのなら、なおのこと早急に処分しなければと考えていた。エルメスの脅威になるものは全て排除する。それが彼女の目的だ。


「こんなもの! 来れ水流激アクアウェーブ、我が盾となれ魔法防御壁マジックバリア

 アルデバランは杖をかざし、炎を飲み込もうとより強力な水魔法を繰り出し、バリアを張った。


 だが、陽介は恐れなかった。ぼんやりと頭の中に言葉が浮かび上がる。それを口に出せば良いのだと直感し、力の限り叫び剣を振り下ろした。

「喰らえ! 炎皇帝の剣フレイムカイザー!!」

 炎は猛り狂う猛獣となって放たれた。水魔法を受けても怯むこと無く突破し、バリアは牙に噛み砕かれた。悲鳴を上げて激しく燃え上がり、アルデバランの姿は見えなくなった。


「……移動魔法ワープで逃げたか」

 フラムは空をキッと睨みつけた。

「あー、死ぬかと思った〜途中まで行ったけど」

 緊張の糸が切れた陽介は、へなへなと腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。

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