第10話 勇者の手先

 旅の仲間が一人増え、一行は次の大陸へ向けて出発……するところだったのだが、アリエッタは地図を持ってきて、ある場所を指さした。そこは大陸の大きな水源である湖で、現在は枯れてしまったと見舞いに来た町人に教えてもらった。

「ここに行きたいってこと?」

 と尋ねる陽介に、アリエッタは小さく頷いた。

「彼女は水源を復活させようとしているのだ。こんな機械が無くても良いようにな」

 フラムは青い配管の供給機をベシベシ叩いた。


 アリエッタが回復するまでの間に、町の状況は改善していた。雨は降り止み雷に打たれることもなくなり、人々の記憶は戻り図書館の本も記述が修正されていた。麗しい容姿と美しい声を持つ彼女は大陸の人たちから愛され、特に男性からはアイドルのように慕われて親衛隊が結成されているほどだった。


「アリエッタ様、お体の具合はいかがですか?」

「雨を止ませていただいたおかげで、また農業ができます! 野菜ができたら、真っ先にお持ちしますんで!」

 酒場で飲んだくれていた青年二人も所属しており、毎日欠かさず花や収穫物を貢いでいたことがわかった。今日も見舞いにやってきている。


 長い見舞いの列の相手が終わってから、一行は湖に向けて出発した。分厚い雲はなくなって燦々と太陽の光が降り注ぎ、行く手には虹がかかっている。町の人も晴れやかな気持ちになったのか笑顔が見受けられ、アリエッタはようやく安心したように笑った。


 町を出てからは泥濘む山道を進む。道中数匹程魔族が襲ってきたが、アリエッタの踊るようにしなやかな槍捌きの前に塵となった。

(見た目からは想像つかないほど強いな)

 陽介は呆気に取られている。

(彼女は人間を愛しているからな、脅かす魔族には容赦がない)

 何故か自慢げにフラムは言うのだった。


 湖は殆どが枯れ、毒々しい色の水たまりが異臭を放っていた。いつ死んだのかもわからないような魚が干上がって横たえている。

 アリエッタは底に降りて手を当てると、波紋が広がり清らかな水が湧き出した。ゆっくり静かに水嵩が増していく神秘的な様子を、陽介はまじまじと見つめていた。


 そこへ突風が吹き、アリエッタは体制を崩してしまった。慌てて降りてきた陽介が支えて、倒れずに済んだ。

「その湖を復活させられては困る」

「誰だ!?」

 声がした方を見上げると、長いブロンドの髪のなびかせて、刺激的なボンテージを身につけた女性がこちらを見下ろすように浮かんでいた。特に豊かな胸元は広く開いており、陽介は目のやり場に困った。


「私はアルデバラン。勇者エルメス様に仕える魔法使いだ。異世界より来た邪魔者は排除する!」

 というや否や、アルデバランは魔法で作り出した大量の矢を撃ち込んできた。陽介は後ろに飛び退き、フラムが吹き出した炎で焼き払う。


「ステータスを見るんだ。常に相手の状態を確認できるようにしておけ」

「えーっと、どれどれ」

 突然の襲撃に戸惑いながら、陽介は手をかざしステータス画面を開いた。


 アルデバラン:おんな(年齢未公開)

 職業:魔法使いLvMAX

 HP:かなり

 MP:たっぷり

 攻撃:ないよ

 防御:そこそこ

 魔法攻撃:めちゃつよ

 魔法耐性:めちゃかた

 素早さ:かなり


 スキル

 全属性開放:全属性の魔法が使える

 魔攻特化:魔法を使う攻撃の威力が跳ね上がる

 ドレインジャマー:MPを吸い取られない

 詠唱破棄:呪文を唱えなくても威力の高い魔法が使える


 そこには陽介に比べ遥かに高い能力と強そうなスキルが表示された。勇者に仕えるだけあって、魔法に関しては圧倒的だ。同時に陽介のものも相手側に表示され、アルデバランは嫌悪を乗せたため息をついた。


「異世界から来たというからどんなものかと思えば、田舎の村人同然ではないか! まったく、エルメス様は何故このような者の始末を私に……」


 こんな低級の仕事を任されるなんてと唇を噛み締め、本調子でないアリエッタにばかり執拗に矢を射る。三股槍で打ち払うが、防戦を強いられ反撃の隙がない。

「やめろ! 俺が目的なんだろ!」

 割って入って防御した陽介の盾は、魔法の矢を一発受けただけで砕け散った。


「お前のようなクズなど、いつでも殺せる。先ずはエルメス様に逆らう精霊共に、仕置きをせねば気が済まぬ!」

「そうはさせるか!」

 フラムは大きく息を吸い込んで、高温の炎を吐き出した。しかし、アルデバランを守るバリアが展開され、軽くあしらわれた。

「愚かな獣め! エルメス様に力を授けられた私に、そんなものが効くとでも思ったか!」


 アルデバランが天に向かって持っていた杖を振りかざすと、空を覆いつくさんばかりの矢が降り注ぐ。炎で焼いても槍で振り払っても、防ぐだけで攻撃に転じることは難しい。宙に浮いているので剣では攻撃が届かない。どうにか矢の弾幕を抜けて、勝ち目のないこの戦いから退却する以外に道はない。


 退路を確認しようと振り返ると、アリエッタの背後に攻撃の予兆の光が見えた。盾は壊れ本来の速さも出ないこの足では弾き返しに間に合わないと思った陽介は、アリエッタを突き飛ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る