第9話 擦り切れた歌声

「手をかざせ陽介、ステータスを開けば相手の情報が表示される」

「それ港の時点で言ってくれよ!」

 悪態をつきつつ開いたステータス画面には、魔族の詳細が表示された。


 水棲魔族モノアイスライブ:Lv3 強さ:まあまあ

 説明:元々はただのスライムだったが、魔王の力で大きな目が開いた。水を取り込んで体の形を変えることが出来るが、動きは鈍い。


「動きが鈍いなら、先手必勝あるのみだ!」

 陽介は水を吹きかけられる前に、モノアイスライブの胴体を切りつけた。ほとんどが水で出来ているので難なく真っ二つになった。

「よっし、倒した! なんだ、楽勝じゃん」

「いや、まだだ! 気を緩めるな!」

 ガッツポーズを決める陽介を、フラムは諌める。


 噴水から溢れ出た水を浴びると、モノアイスライブは黒い輝きを放ちながら体を再構築した。今度は動きが速くなり、吹き出す水の勢いも増して近づこうとすれば押し戻されてしまう。盾で防げはするが、視界が遮られたところに触手を叩きつけられて地面に転がされる。


「くそっ! 急に強くなった」

受け身を取り慣れていない陽介は、腰を打ち足と腕をかなり擦ってしまった。立ち上がれない程ではないが、じわじわと痛みが広がる。


「弱点を狙うんだ、胴体に打撃を与えられないなら、違う部位だ」

 身体にあるのは切っても手応えのないゼリーのような胴体と、水を吐く口と大きな目玉。

「となると、狙うべきは……。フラムさん、あいつが水を吐いた時に炎をぶつけてくれ!」

「わかった。だが、相殺にしかならないぞ」

「それでいいんだ! 頼むぜ」


 雨水を吸って重くなったマントを脱ぎ捨てた陽介は走り出し、モノアイスライブは近づけさせまいと水を吐き出した。フラムの吹き出した炎とぶつかり合って蒸気が広がり、視界が白くなり右往左往する影を頼りに陽介は胴体を二、三度切りつけた。再度体は崩れ、大きな目玉がべしゃりと落ちてきた。


「これで、終わりだ」

 目玉に剣を突き刺さすと、断末魔と共にサラサラと塵になって雨に流れていった。溢れていた噴水は静かになり、水位も下がった。水だと思っていたのは、モノアイスライブの身体だったのだ。


「初戦にしては上出来だ。これで経験値が……」

 と言いかけたフラムは、陽介にはEXP0のスキルがつけられていたことを思い出した。

「本当は、魔族を倒したら経験値ってのがもらえるのか?」

「うむ。一定値が貯まるとレベルが上がり、ステータスやスキルが強化される。だが君は……」

 フラムは話題にしてしまったことを反省して、うつむいた。


「大丈夫。経験は絶対値だから、どんなことがあっても糧になる。現にこの魔族とは戦闘経験ができたわけだから、次に現れても倒せるじゃないか。この世界はゲームっぽくされているけど、紛れもなく現実だ。ステータスだけじゃ測れないことって、たくさんあると思うんだ」

 まっすぐな瞳で言う陽介に、フラムはある種の感動を覚えていた。

「君というやつは……!」

「それよりさ、ここに魔族がいたってことは、調べられたらマズいことがあるんじゃないか?」

「そ、そうだな! 調べてみよう」


 袖をまくり手を突っ込んで触っていると、動かせる石があった。それを押したり引いたりしていると、ガコンと沈み隠し階段が現れた。

「これって……」

「噴水の下に隠し部屋があるようだな」


 陽介とフラムが階段を降りていくと、水が螺旋を描きながら逆巻いていた。耳障りな音はどんどん近くなり、たどり着いた先は水の柱が連なる神殿のような場所だった。


「……アリエッタ、なのか?」

 神殿の中央にフラムと近い背丈の、挿絵で見た人魚が同じような水晶玉に閉じ込められ、体を横たえながらも歌っていた。目を開いているが、陽介とフラムのことを認識できていないようだった。

 何度も血を吐いたであろう台座は黒ずみ、それでも歌うことを止められない。もはや声とは呼べない、金属を擦り合わせたような悲鳴を響かせて。

「陽介、頼む。彼女を解放してやってくれ。やり方は同じはずだ」


 震える声のフラムを心配そうに見やり、陽介は剣で軽く水晶玉を叩いた。シャボン玉のように弾けて消え、ようやく歌うことを止められた人魚は、そのままぐったりと台座に伏せた。黒い水たまりがじわじわと広がっていく。


「アリエッタ! しっかりしろ、アリエッタ!」

「早く医者に診せないと! フラムさん立って!」

 取り乱すフラムと倒れた人魚を両脇に抱え、傷が痛むのを堪えながら歌が終わったことで水の支えを失い崩れる神殿から脱出した。そのまま宿屋に駆け込み、医者はいないかと助けを求めた。幸いにも治療魔法士が常駐しており、急ぎアリエッタを診てもらうことになった。陽介も怪我をしていると指摘されたが、そんなことはどうでもいいからと叫んだ。



 治癒魔法士の数日間にわたる治療により体は治ったが、長年無理矢理歌わされていたことと、自分が降らせた雨によって人々が苦しめられていたことを知ってしまった精神的なショックが大きく、アリエッタは声を出せなくなってしまった。


「でも、体が治ってよかったな」

 陽介は笑顔で話しかけたが、Heart0の効果なのかよそよそしいというか、困ったような反応をされた。

「そろそろ次の大陸を目指そう。君はゆっくり養生してくれ」


 そう言って名残惜しそうに治癒魔法の水球から離れようとするフラムのしっぽを、アリエッタがギュッと掴んだ。

「いたたたたたた!!! ど、どうしたんだアリエッタ」

 アリエッタは水球から飛び出し、指先から放つ魔法の泡でリボンを作って結ぶと、人魚から長い青髪の人間に姿を変えた。

「一緒に行きたいって言いたいんじゃないのか?」という陽介の言葉に頷く。

「し、しかしな、君を危険に晒すわけには……いたたた! わ、わかったから離してくれ」

 アリエッタの意思は固く、フラムは根負けした。旅の仲間が、また一人増えたのだった。

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