水の大陸編

第6話 工房のビスクドール

 海を進むこと数時間、貨物船は水の大陸の船着き場に到着した。陽介はぐったりと寝込んでいたが、どうにか荷下ろしまでには体調を戻していた。仕事を終え報酬の銅貨五枚を受け取る頃には、空は夕暮れの色に染まっていた。

 商人たちは薄情なもので、船上では魔族を退けた英雄だと褒めておきながら、荷物を馬車に載せると、逃げるように去っていった。


「今夜泊まる宿を探さねばな」

 マントから出てきたフラムは、体の汚れを振り落としながら言う。

「フラムさん、こっちの大陸には詳しくないのか?」

「精霊は各大陸の守護も兼任だ。定期的に思念を送り会合を開きはするが、異常事態でもなければ、管轄外の大陸に足を付けることはない」

「でも、エルメスを止めに集まろうとしたんだろ?」

「聖都に直接集合する予定だったのだ。直通で船を出してもらう手筈にもなっていた」

「ってことは、情報無しか……。とにかく歩こうぜ、どこかで道を聞こう」


 夜の帳がゆっくりと降りていく道を歩いていくと、一軒の店が見えてきた。看板には「工房ケルピー」と書かれていて、道を聞こうと入っていくと、人の腕や足が大量に下げられていた。不気味な雰囲気に引き返そうとして、足元の箱に積まれた毛のない顔と対面してしまった陽介は、ギャーッと情けない悲鳴を上げた。


「んお? いらっしゃい。お兄さんどの娘が欲しいんだい?」

 声に気づいた店主が、手足の山の中から顔を覗かせた。

「ど、ど、どの娘って……? ここは?」

「なんだい、知らずに入ってきたのかい。ここはドール屋だよ」

 ほらと店主が人形の胴体を持ってきて、これらが本物の人間でないことを知り、胸をなでおろした。


「召集通知が来て若い女はみーんな聖都へ集められちまっただろう? そこでどっかの大陸の男が、執念と欲望の果てに作ったのがドールだ。身体を組み立てて、魔石を入れてやれば動き出す」

 店主が適当に部品を集めて心臓部に光る石をはめると、人形が動きだした。声は出ないが礼儀よく挨拶をしたり、微笑んで手を振ったりした。


「いつかは可愛い声を搭載したいもんだ……!」

 店主の目は憧れを追いかける漢のように煌めいている。

「(どっかの男って、このおっさんだよな……)おおー、すごい! 本物の女の人みたい……じゃなくて、旅をしているんですけど、宿を探してまして。それで、道を聞こうと思って」

(それと、武器や防具が欲しい)

 いつの間にかマントの中に潜っていたフラムに耳打ちされて、武器などが欲しいことも付け加えた。


「今どき冒険者なんて、珍しいねぇ。うちも前は武器とか防具やってたんだけど、勇者が魔王を倒してからは商売あがったりでさ。今はドール一本でやってるんだ」

「魔族が蘇ったんです。なんでもいいから、売ってもらえませんか?」

 炎の大陸からやってきたことと、船着き場に現れた巨大イカ魔族の話をすると、店主は納得してくれた。


「そいで、予算は?」

「ど、銅貨五枚……」

 陽介に銅貨の価値はいまいちわからないが、金銀銅の並びでは下なので、あまり大した額ではないだろうなと思いつつも手に乗せて見せる。

「んー、まあそれくらいあれば、一つは見つかるかもしれないね。ついておいで」


 店主に案内されて、ドール部品の山を越え工房の地下へ降りていくと、漫画でしか見たことのないような大盾や、紋章の入った剣などが棚にぎっしりと並べられていた。王道ファンタジーらしい光景にテンションが上がる。


「ぼさーっとしてないで、早く選んで」

「え、そ、そういわれても……」

 急に選べと言われてもどうしていいかわからずに右往左往する。使えそうだなと思ったものを適当に手に取って、これだろうかと振ってみたりする。

「はははは! 兄ちゃん変な冗談はよしてくれよ。ちゃんと目をつぶって」

 陽介は言われるがままに目をつぶってみたが、特に何も起きる気配はしない。武器の選び方って絶対こうじゃないよなぁと思いながら、しばらく突っ立っていた。


 しんと静まり返った空気を裂くように、店主が驚いたような声を出したので目を開けると、小さな陶器製のドールがいた。丁寧に手入れされた金髪、穏やかな海のように優しい青い目。落ち着いた深い緑のドレスに身を包む愛くるしい等身は、頭が腰に届くくらいしかない。それが両手に一本の剣を乗せて差し出すように立っている。

「この子はビスクドール。上の子達とは違って観賞用なんだ。でも、気難しいのか買われてもすぐ店に戻ってきちまってねぇ。兄ちゃん気に入られたんだよ」


 異性からの好感度が上がらないスキルを付けられているが、人形は別なのか。しかし、ドールから好意を持たれてもなぁと頭をかきつつ、ありがとうと言って、陽介は剣を受け取った。スラリとした刀身に、振りやすい軽さ。鞘には豪華な装飾が彫り込まれている。


「そいつはメルシィっていう特殊な一品だ。戦うより救うための剣ってとこだな。本来なら銀貨、いや金貨十枚でも足りないくらいだけど、この子が渡すっていうならいいよ、持っていきな。お兄さんの話が本当なら、こいつらもまた売れるかもしれない」

 その代わり盾はこれなと、安い革張りのバックラーを銅貨二枚で買うことになった。


「やった! ありがとうございます」

「今日はここに泊まっていきなよ、この子も気に入ったみたいだし。明日町に持っていくとき手伝ってくれるなら、宿代もいらないさ」

「本当ですか!? 頑張ってお手伝いします!」


 ビスクドールがお気に入りの人間を見つけたのが余程嬉しかったのか、店主は良すぎるくらいの気前だった。武器と防具、ついでに今夜の宿まで手に入り、一息ついた陽介は疲れが出たのか、ちょっと臭う湿ったベッドに倒れ込んだ。干してない休憩室の布団よりはいくらかマシだと自己暗示をかけながら。

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