第5話 船着き場の魔族
どこまでも晴天が続く道を歩き、陽介とフラムは船着き場までやってきた。道中はあくびが出るほど平和で、そよ風を気持ちよく浴びていた。
「さてと、仕事仕事。金払いが良さそうなやつがいいな」
漁船の引き上げ手伝い、船の修理・塗装、灯台の清掃などの募集が張り出されたまま、古びて茶色くなっていた。
「おっ、見ろ陽介。これなら良いと思うぞ」
フラムが前足でぺしぺし叩いていたのは、掲載されて新しい貨物船の荷下ろし作業の募集だった。報酬は他に比べて少ないが、水の大陸まで運行することが書いてあった。
「へぇー、いい感じじゃん。行ってくるよ」
「では、私はマントの中にでも入っていよう。姿を見せれば乗せてくれるだろうが、それでは稼ぎにならないからな」
フラムは鳴き声を上げると二回りほど小さくなって、もそもそと入ってきた。
「……ちょっとくすぐったいな」
「なに、そのうち慣れるさ」
陽介は貨物船の主に会い、仕事に取り組んだ。フラムが空へ放った炎は大陸全土の厚い雲を晴らし、荒れていた天候が嘘のように落ち着いているのだという。
数年ぶりに船を出せるからと商人たちがどんどん荷物を運んできて、船はあっという間に重くなった。
「よっこいしょっと。これで最後の荷物だな……ん?」
いざ乗り込んで出発というときになって、海面が不自然にゴボゴボと泡立っていることに気づいた。
「なんだあれ、何かが上がってくる?」
もっとよく見ようと顔を船から出そうとすると、マントの中のフラムが引っ張って戻した。
(なんだよフラムさん、見えないじゃないか)
(待て、生き物の気配がする。これは……)
ひそひそと小声で話をしていると、海面から貨物船の倍はあろうかという巨大なイカが航路をふさぐように現れた。
「ま、魔族だ! 勇者が倒したはずなのに、また出てきやがった!」
(あれが魔族? でかいイカにしか見えないけど)
(説明すると長くなるが、人でない生き物は大体魔族と思ってくれていい)
巨大なイカは触手を水面に叩きつけ大波を起こした。船は激しく揺れ、陽介は投げ出されそうになった荷物を必死に戻していた。
「うおおおおおお無くしてたまるか俺の給料!!」
(そんなことをしている場合か! 船が沈めば全て水の泡だぞ!)
商人や旅人たちは慌てふためき、我先にと逃げていく。一定の距離まで離れると、それ以上触手は追跡してこなかった。出航の妨害をしているだけで、積極的に人を襲うような行動は見られない。
(変だな。勇者に倒されたなら、人間を恨んでいてもおかしくない。もっと乗り上げて見境なく人を襲ったりしてもいいはずだ)
(だが、船にしか執着していないと。よく観察しているな)
(見てるのは職業柄得意なんでね。それにしても、なんで船だけ……?)
不可解な行動を怪しんでいるうちに振り回された触手が襲いかかり、二人は船から降りざるを得なかった。海を渡るにはあのイカをどうにかしなければならないが、武器もない自分はあまりにも無力。フラムも水棲の魔族とは相性が良くないようで、激しく動かれては焼き払うことも難しいと言う。
でもまだ手はあるはずだ。陽介は諦めずに考えを巡らせ、ふと漁に使う網に目が止まった。辺りの人々が逃げていく中、漁師らしき海の男たちは、逃げずに船を守ろうと戦っていたのだ。銛を投げつけたり、腕に自信のあるものは剣を手に触手を切りつけ、うっとおしそうに跳ね飛ばされていた。
(フラムさん、ここらの漁師にも顔が利くか?)
(もちろんだ、何か思いついたようだな)
どこの馬の骨ともわからぬ者より話が早いからと、陽介は漁師たちのところまで走って行ってマントの中からフラムを出し、説得してもらった。作戦を伝えると、貨物船のマストに登って、他に狙いが向かないように注目を集めるように大声を出したり、手を振った。
「おーい! おーい! こっちだぞー!」
煽られた巨大なイカは、体の向きを変え、じりじりと近づいてきた。船ごと叩き潰そうと全ての触手を振り上げた時、陽介は「今だ!」と叫んだ。
漁師たちが一斉に網を放ち、イカを捕らえた。振り下ろせず動けなくなったイカは脱出しようともがくが、鍛えた男たちの腕力には敵わず、さながら地引漁のごとく陸の方へ引きずられていく。
マストから降りてきた陽介の袖口から、体温を高めて放たれたフラムの炎弾を浴び、巨大なイカは香ばしい匂いを放ちながら、塵になって溶けていった。網ごと焼けてしまったが、それならまた作るから構わない、大事な船を失くすよりよほどましだと漁師たちは笑って許してくれた。
波が落ち着いた頃にようやっと船は出発し、貨物船の主から倒してくれた礼として銀貨を渡されたが、自分一人の力では出来なかったことだからと陽介は返した。その態度が気に入られたのか、どこの大陸にでも乗せていってやると背中を叩かれた。
(やったなフラムさん、流石炎の精霊だな……うえっ)
(君こそよく考え……ん? どうした?)
「き、気持ち悪い……」
自身もすっかり忘れていたのだが、陽介は乗り物酔いをする性質だった。揺れる船の上で動いたせいで余計に酔いが回り、背中を叩かれたことで限界が来てしまった。
波の上を進む船の後ろ側で、胃の中身を空になるまで海に流すことになり、フラムは本当にこの男でよかったのだろうかと心配になるのだった。
「あーあ。イカちゃんお邪魔作戦、失敗しちゃった……ちえっ」
遠く離れていく貨物船を木の上から眺める少女は、つまらなさそうに足をぶらつかせ、おもちゃが壊れてしまったとため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます