第4話 レベル、スキル、ステータス

「時に陽介、君のレベルは? スキルはどれくらい持っているのか、ステータスを見せてほしい」

 道を歩きながら、さも当然のようにフラムが尋ねる。

「レベル? スキル?? ステータス!? なんだよそれ、全然ファンタジーじゃないじゃん! そういうことか、はぁ……」


 突然ゲーム用語がフラムの口から飛び出し、陽介は驚くと同時に勇者だの魔王だのがいることに納得がいった。自分は純粋なファンタジー世界に来たのではなく、やけにリアルなゲームの中にいるのかとがっくり肩を落とした。仕事帰りのどこで入ってしまったのだろうかと考えつつ。


「何を落ち込んでいるかは知らないが、そちらの世界では一般的なものではないのか?」

「あー、まあ、大体のゲームにはあるんじゃないかな……って、フラムさんにはわかんないか」

 キャラクターだもんな、と言いかけた言葉を悪い気がして飲み込んだ。


「ゲームか。奴もそんなことを言っていたな。こんなものは、元来この世界には無かったものだ」

「えっ」

 落ち込んでいた陽介は顔を上げた。

「そうだ、エルメスは世界の理まで書き換えたのだ。しかし、存在していなかったことを人々は認知できず、有ることが日常であるかのように暮らしている。恐ろしいことだ」

 フラムは項垂れて首を振る。


「ん? 待てよ。世界を救ったはずの勇者が、なんで世界を書き換える必要があるんだ?」

「私にも目的はわからんが、各地で起きている異常現象は全て奴の力によるものだと確信している」

「どうして?」

「……」

 フラムは答えに詰まり沈黙した。言ってもいいものかと、悩んでいる様子だった。




「……私は、奴が世界を書き換える瞬間を見てしまったのだ」

 しばらくしてから、打ち明ける決心がついたフラムは語り始めた。この世界では十五歳の誕生日を迎えると、精霊から祝福を受け各大陸を巡る旅に出る伝統になっており、エルメスも四年前にフラムから祝福を受けていた。


 その際に吹き出した炎を完璧に模倣してみせ周囲を驚かせたのだが、フラムはこの歳でそれほどの魔力を持つものなど長い歴史の中でも見たことがなく、周囲が褒めた称える様子もどうにも不自然に感じ、夜中こっそり宿へ様子を見に行った。


 そこで見たものは、エルメスが至極満足そうな顔で、やっとゲームが面白くなるとかなんとか呟きながら世界を「上書きオーバーライト」する瞬間だった。

 朝になると人間と魔族は五百年に渡って敵対関係だったことになっており、宿屋は冒険者ギルドに変わり、エルメスは魔王討伐に向かう勇者として拍手喝采を浴びて旅立っていった。

 周囲の誰に話しても信じてもらえず、それどころかエルメスがいたから今まで魔族に襲われず平和だったことになっており、段々と人々と距離を取っていった。それでも噂は風に乗ってやってきて、一年足らずで魔王を討伐したと聞いた。


「そんなことが出来るような奴のいるところに乗り込もうっていうのか!? いくらなんでも無茶苦茶すぎる!」

 考えていたよりずっと世界がおかしくなっていたのだなと陽介は思った。世界を好きに弄れる相手に、丸腰の自分など到底勝ち目はない。


「だからこそ対抗手段を考えねばならない。ほら、スキルを見せてくれ。手をかざせば出てくる」

 それならと宙に手をかざすと、目の前にゲーム画面のような四角い枠のウィンドウが浮かび上がった。スキルの項目を指で押して確認すると、三つ持っていた。


 EXP0:経験値を得ることが出来ない。

 MP0:魔法の取得及び発動が出来ない。

 HEART0:異性からの好感度が上がらない。下がることはある。


「いいもの……じゃあ、ないんだよな? その顔は」

 思わず渋い顔になったフラムの様子から、良くないものであることを悟る。陽介は外で身体を動かすほうが好きな性格で、ゲームには明るくない。友達の家でもRPGはそれほどやらず、対戦型やパーティ系の類しかやってこなかったので、こういったことはからっきしだ。ソーシャルゲームもいくつか勧められたが、チュートリアルで飽きてしまうことがほとんどだった。


「い、一応、ステータスも確認しよう。もしかしたらいい感じなのかもしれない。それこそ奴を倒せる程の……」

 今度はステータスの項目を押して確認すると、ウィンドウに表示が出た。


 ヒビヤヨウスケ:おとこ(25)

 職業:警備員Lv1

 HP:まあまあ

 MP:ないよ

 攻撃力:まあまあ

 防御力:まあまあ

 魔法攻撃:ないよ

 魔法耐性:ないよ

 素早さ:まあまあ


 フラムは遠くの方を眺めて、希望が潰えたような深いため息をついている。

「このHPとかMPとかって、どういう意味なのか聞いても良いか?」

 そんなフラムをよそに、見知らぬ英単語に陽介は首を傾げて聞く。


「HPは体力や生命力の総称だな、高ければ高いほど生きる力が強いということになる。MPとは魔法力のことで、これがないことには魔法は使えない。体力がなければ動けないのと同じことだな」

「ふーん、なるほど。魔法、使ってみたかったな……」


 陽介はせっかくファンタジーの世界に来たのに、映画のように杖を振り上げて物を浮かせたり、バシッとかっこよく光線を放ったりすることが出来ないと知り、またしても落ち込んだ。


「あれ? でもこれっておかしくないか? 俺中学の頃から部活で走り込んでたから、足の速さには結構自信ある方だぜ? 見てなって」

 まあまあと表示され疑問に思い軽く体を動かし、少し離れた場所にある高い木を指さして颯爽と走り抜けてみせた。が、かなり息が上がった状態で戻ってきた。


「嘘だろ、これくらい、の……距離で、息が上がるなんて……」

「君がこの世界に来たことは、奴にとって余程都合が悪いのだろう。こんなスキルを付与したり、ステータスを意図的に下げられる者など他にいない。不利なことが明白ではないか!」

 言葉の最後に怒りを込めるほどなのだから、相当に自分の能力は悪いのだろうなと思った陽介の表情は曇る。これではほとんど役に立たないではないかと。


「魔法が使えないのは仕方ないとしても、武器や防具があれば、ある程度は強くなれる。水の大陸には腕の立つ工房もあると聞く」

 表情を察したのか、フラムは元気づけるように言う。


「本当か! あ、でもお金がないんだった。今から町に戻るのは嫌だしな……」

 食事や服はもらえたが、皿洗いの仕事から飛び出してきたので結局のところ一文無しだった。大勢の人に見送られて出てきたばかりだというのに、お金がないから働かせてくださいなどと言って戻ったところを想像して、恥ずかしく情けない気持ちになった。


「それならば船着き場へ向かおう。どのみち他の大陸にへ行くには船しか手段がない」

「よっしゃ! まずは先立つものがなくっちゃだよな。行こうぜ」

 フラムの案内を頼りに、陽介は気持ちを切り替えて歩き出した。

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