第3話 世界と勇者と旅立ちと

 炎で溶けた壁を通り抜け洞窟を無事脱出した陽介は、ここまで来た経緯と曇天の町で起きたことをフラムに話した。

「ふむ、町人に追われたか……状況は理解した。だが、君もこのままというわけにもいかないだろう。私がいれば安全だ、戻ろう」

「……本当に大丈夫なんだろうな? また襲われたら嫌だから、先歩いてくれよ」


 先程は洞窟から出たい一心で水晶を割ったが、正体不明の生き物の言うことを鵜呑みには出来ない。ひょっとしたら、悪さをして封印された悪魔の類かもしれないとすら考えていた。かといって行くあてがあるわけでもなく、陽介はフラムを先に歩かせ安全を確かめながら町へ戻った。入口には住民たちが目をギラつかせて斧や鍬を構え待ち受けている。


「うげっ! 出待ちされてる! お前、やっぱり悪いやつじゃないか!」

 罠に陥れられたと思った陽介は、近くにあった木まで全速力で走って隠れた。


「異世界から来たものは皆殺す」「殺す」「邪魔者は殺す」

「待て、お前たち」

 殺気立つ町人に怖気づくこともなく、毅然とした態度で前に出たフラムが空に向かって炎を吐くと、暗雲は消え去り空は晴れやかな青に染まった。


「殺す……ころ……あれ、俺たちなんでこんなところに立ってるんだ?」

 空が晴れた途端町人たちから殺気が消え、彼らは正気を取り戻した。

「フラム様……? おお、炎の精霊様がお戻りになられたぞ!」

 フラムの姿を見ると驚き喜んだが、後ろで隠れている陽介に疑惑の眼差しを向ける。連れ去った犯人ではなかろうかと。


「皆安心しろ、こいつは私を助けたのだ」

 フラムは切り株にひょいと乗っかり、洞窟の水晶玉に閉じ込められていたところを陽介に助けられたと話し、ようやく人々の顔から怪訝そうな表情が消えた。


 ほっとした拍子に陽介の腹が鳴き、こんなところで立ち話ではと大衆食堂へ場を移し、ようやく飯にありつくことが出来た。

「何食っても美味い! 最高だ~」

「どうぞどうぞ。フラム様の恩人とは知らず、襲い掛かってしまったお詫びです」

 運ばれてくる料理はパスタやドリアなどの洋食で、味も元いた世界とほとんど変わらず食べやすい。温かな野菜スープで流し込みつつキッチンへ目をやると、供給機が無くても火が付くようになり、喜ぶ料理人の様子が見えた。


「……あれから何年経った」

 フラムは出された料理に少しだけ口をつけると、不味そうに顔をしかめ皿を端によけてため息交じりに言った。

「もう三年になります」

 店主がうつむきがちに話を始めた。


 陽介が来る三年ほど前から、この世界はおかしくなっていった。原因と思しき男の名は【エルメス・アラート】地方没落貴族の出身だが、幼少の頃より剣術にも魔術にも長け、人望も厚く誰にでも好かれるような人物だという。

 五百年に渡り人々の平和と安寧を脅かしてきた魔族を神から授かった力で撃ち払い、壮大な戦いの末に魔王を討伐し勇者となった。その後世界の中心に「聖都」を築き、世界に平和をもたらした……はずだった。


 だが、それから間もなくして水の大陸では水源が枯れ、風の大陸では汚れた空気が留まって流れなくなり、土の大陸は草木も生えぬ不毛の土地になってしまった。ここ炎の大陸も火が付かなくなり、寒さに凍える日々が続いた。当初は精霊たちの力でなんとか抑えていたが、徐々に被害は広がっていった。


 そうなることを知っていたかのように聖都から供給機が設置され、水も空気も土も火も、それら四元素の魔法を扱える人間達も全てが管理下に置かれた。若い女性には召集通知が届き、従わなければ聖都からの使いが無理矢理に連れ去った。


 驚天動地の異常事態に精霊たちは、真相の調査を腕利きの冒険者たちに任せたが、彼らは悉く殺されるか洗脳され手駒になって戻ってきた。事を憂えた精霊たちは、直接エルメスを問いただす為に聖都へ赴いた。


 不思議なことに、店主はこうして話して聞かせるまで、三年前から今までのことをすっかり忘れていたようだった。氷が溶けるように思い出したと言わんばかりの語り口調で、周囲の人々もそういやそうだったなと口々に言い始めた。


「それで、フラムさんは水晶玉の中に閉じ込められたのか。さっきは疑ったりしてごめんな」

 陽介は、悪いやつだと言ってしまったことを侘びた。

「構わん。一刻も早く事態を収拾せねば、ますます悪化していくだろう。陽介、都合のいいことを言うかもしれないが、どうか私と共に各大陸の精霊たちを開放し、聖都へ行ってはくれないか。きっと私のように閉じ込められているはずだ。異世界からやってきた君だけが頼りだ」


 来たばかりで右も左もわからない異世界の厄介事に巻き込まれそうになり、二つ返事ではいと言うわけにはいかなかった。だが、断ればこの世界は遠くないうちに壊れて人が住めなくなってしまう。そうなれば元の世界に戻ることも叶わないだろう。陽介は腕を組んでしばらくの間考え込んでいたが、わかったと呟いた。


「感謝する。早速出発したいところだが、その恰好はよくないな。見たところ動きやすそうではあるが非常に地味だ。誰か、見繕ってやってくれ」

「地味っていうなよ、結構気にしてるんだぞ。仕事の関係で、黒か灰色か白くらいしか着られないんだ」


 陽介の服装は黒いパーカー、白長袖シャツ、黒ズボンにグレーのスニーカー。職場では私服であっても派手な色が禁止されていたために、こういったものを選ぶようになっていた。見かねたフラムが服を脱がせ、長旅に耐えられるものを持ってこさせた。ふうと吹いた炎に包まれて、揺らめく赤色を宿した装いに変わっていく。


「やはりこの方がよい。黒や灰色では情熱が足りないからな。どうだ? 着心地は」

「肌触りがめっちゃよくて思ってたより軽い! マントとか初めて着た! ブーツも長いけど動きやすいよ! ありがとうフラムさん!」

 最近は金欠なこともありコーディネートを楽しめなくなっていた陽介は、子供の様にはしゃぐ。元々着ていた服は、異世界の物を残しておくわけにはいかないという理由から焼き払われてしまった。


 店主が旅のお供にと差し出した肩掛けのかばんを下げて、二人は町を出た。新調した服がそうさせているのか、陽介の心に言い知れようのないほのかな情熱が灯るのだった。

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