第2話 洞窟に白銀の竜がいる
逃げ込んだ先の洞窟は、壁に一定間隔ごとに松明がかけられているおかげで暗さを感じない。人の声と足音が遠ざかり、弾む息が収まるのを待ってからゆっくりと立ち上がった。他に人や生き物がいないか恐る恐る歩を進めていくと、左右に分かれる通路があった。
そこからさらに石壁で分断されており、簡素な迷路のような造りになっている。右の通路を進んでいくと何度か曲がった末に行き止まりで、左の通路を進んでいくと、狭い洞窟には明らかに不釣り合いな、大柄で白銀の竜がいた。時折その巨体を起こしては翼を広げられない苛立ちをぶつけるように鋭い尻尾で床を叩き、爪で天井を壊そうとしている。
「うわ、めっちゃでかいドラゴンだ! って感動してる場合じゃない……!」
ファンタジーのドラゴンといえば火を吹き人を襲うものだと認識していた陽介は、なるべく音を出さないように下がっていく。そっと足を擦って壁沿いに戻っていくと、サクッとした感触と足にコツンと軽く当たる音がした。目をやると人間の頭蓋骨が転がっており、他にも骨が散乱していた。こいつは人を喰らうのだと知った陽介の思考は、ピシッと固まってしまった。
「最悪だ、早く出ないと」
分かれ道まで無事戻り、大変な所へ転がり込んでしまったと慌てて引き返すが、外へ出ようとした瞬間、目の前に魔法陣の描かれた半透明の壁が現れ、弾き返されてしまった。
「ぐえっ……で、出られない!? マジかよ勘弁してくれ!!」
押せども叩けども壁はビクともしない。石壁は厚く道具を持たない陽介には壊せそうにない。助けを呼ぼうと叫べば、追ってきた男たちに見つかってしまう。
「行くしか、ないのか……」
竜が居た通路はまだ先へ進む道があった。こうなってしまっては他に選択肢はない。意を決して分かれ道を再度左の通路を進んでいくと、まだ竜は迷路を壊そうと躍起になっているところで、陽介の存在には気づいていないようだ。
息を殺して様子を見ているうちに、壁や天井が壊したそばから修復されていることに気づいた。魔法でもかけられているかのようだ。
「あのドラゴンも俺と同じだ、ここから出られないんだ」
そのうちに竜は暴れ疲れて眠りに落ちた。途中で目を覚まさないよう祈りながら、陽介は覚悟を決めて歩いていく。
鋭い鱗が鈍く輝く脚の横を震えながら通り抜け、最奥部らしいところまで進むが出口はなく、石壁に囲まれた小部屋でしかなかった。絶望が深い溜息となり、力なくへたり込む。それでも何かないかと周囲を見回したが、あるのは台座に安置された大きな水晶玉くらいだ。
よく見れば、その中に愛くるしい白いキツネのような生き物が入っている。陽介の姿を見ると驚いて飛び上がり、頭をぶつけて痛そうにさすった。
「君、人間か? 頼む、ここから出してもらえないか」
「うお、キツネがしゃべった!?」
キュウンとかコンコンとか、可愛らしい鳴き声を想像していたところから、凛々しい男性の声が出て、反射的に距離を取った。
「あー、聞いているかな? ここから出してくれたら、君を洞窟から解放しよう」
「本当か!? どうやったら出られるんだよキツネ!」
解放という言葉に飛びつくように水晶玉に顔を押しつけ、ようやく希望を掴んだとキツネのような生き物ごと揺さぶる。
「おおお落ち着きたまえ! ……まったく、挨拶も無しに初対面で呼び捨てとは失礼だね。それに私はキツネではない、フラムという名前がある」
フラムと名乗る生き物は、揺さぶられてボサボサに跳ねてしまった毛を丁寧に繕っている。
「俺は陽介。じゃあフラムさんよ、どうしたらいい?」
「この水晶を割ってくれ。君以外には壊すことが出来ないのだ」
「壊すって……こうか?」
陽介が手近にあった骨を拾い叩きつけると、勢いよく破片を飛び散らして水晶が割れた。物音に目を覚ました白銀竜が、体の向きを変え陽介の姿を視界に捉えた。
「君、もっと気を利かせることは出来ないのかね。私に傷がついたらどうするつもりだ」
フラムは呆れた様子で、降りかかる残骸を払った。
「そんなこと言ってる場合か! 早く出ないとドラゴンに喰われちまうぞ!」
「案ずるな、彼女は邪悪な存在ではない」
水晶から解き放たれたフラムを前に白銀竜はすっかり大人しくなり、むしろ忠誠を示すように頭を垂れた。甘えたような声でキュルルルと鳴く。
「ラルジャン、長い間すまなかったな。今、自由にしてやろう」
フラムが息を吸い込んで吐き出すと、灼熱の炎が石壁をぶち破り、洞窟の結界を溶かした。ラルジャンと呼ばれた白銀竜は雄たけびを上げ、眩い翼を広げ幾年かぶりに取り戻した自由な空へ飛んでいった。
「すげぇ……」
小さな体から放たれた豪炎に驚く陽介をよそに、フラムは自慢気に一声鳴いた。
「さて、こんな狭苦しいところさっさと出るぞ。ついてこい」
フラムは陽介を差し置いて、足早にトコトコと先を歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます