【祝6000PV 完結済み】異世界転生チートに反旗を翻せ！〜俺のファンタジーを返して〜

炎の大陸編

第1話 曇天の町

　丘を下り町へやってきた陽介。幸いにも不審な目で見られることは無く、耳をそばだてて会話を聞く限り日本語のようだった。どこかの国の日本人街なのだろうかと疑問を抱きつつも、町の様子を見て回ることにした。

「なんか、ずっと薄暗いし男しかいないな……。そういうところなのか？」

　曇天の町はどこを見ても男性ばかり。物を売る人から、サービスを提供する人も、広場のベンチで休んでいる老人も遊ぶ子供たちも、やはり男だけだった。表情も火が消えたように暗く、明るさや活気づいている空気とは程遠かった。

　歩き回るうちに、腹の虫が鳴いた。しかし、着の身着のままやってきた陽介には金がない。ついでに背負ってた財布やらスマホやら制服やらが入ったリュックもない。ないなら稼ぐ他道はない。広場の掲示板に張り出してあった酒場での皿洗い募集の紙を持って、陽介は酒場に向かった。

　英語でもその他海外の言語でもない、未知の文字であったが、ひらがなを少し崩したようなものだったので、たどたどしくも読むことが出来た。変に都合が良いことに違和感があったが、読めてラッキーとお気楽に考えたまま。

　酒場の店内は、むさ苦しい男性客で賑わっていた。商人や旅人が樽のようなジョッキで酒を酌み交わしている様子は、なかなかにファンタジーらしく見えた。耳に入る会話の内容は、連絡船が天候不良で数年出ていないらしいことだった。来たはいいが帰れずじまいになり、昼間から酒を飲んだくれている他無くなっている様子だった。

「あの、皿洗いの募集を見て伺ったのですが……」

「お、仕事希望の人か。じゃあ早速働いてもらおう。おーい、誰か教えてやってくれ」

　カウンターで酒を出している男性に声をかけると、面接も無しに厨房へ通された。見た感じ年下の青年に教えてもらいながら、肩を並べて食器を洗う。日本ではなかなか遭遇しないだろう状況に、海外はその辺も適当なんだなと思いつつ無言で流れ作業に乗っかる。

「やあ、この辺じゃ見ない顔だね。ボクは水の大陸から来たんだ。よろしくね」

「どうも。そ、そうかな。普通だと思うけど。よろしく……」

　始めての土地で出会う人にどんなことを話していいやら悩み、ちぐはぐな受け答えになってしまう。国名ならまだしも水の大陸と言われたところでピンと来るわけもなく、ここはもしかして異世界なのではないかという思考がよぎるが、いやいやそんなはずはないと首を振る。

　拭き終わった皿を棚に戻していると、調理場でしゃがみ込む青年が目に入った。ガス台と思われる物の下に入り、スイッチを何度も点けて、やっと燃え出した炎で炒め物をしている。

「お、新入りか。よろしくな！　どういうわけかこの大陸は、火が付きにくいんだ。聖都から供給される炎は貴重だから、使う頻度も考えなくちゃいけないし、やってらんないよ」

　聖都。また聞きなれない言葉を聞いてそうなんだと適当に流す。この世界にガスはないのか炎自体が供給されており、スイッチを付けると点火する仕組みになっている。壁に赤い配管とメーターが取り付けられており、使った分だけ目盛りが減っていく。

「そういや君、どこから来たの？　旅人にしては身なりが綺麗だし、供給機を初めて見るような顔してるし……」

「あー、えっと、すごく遠いところから来たんだ」

　皿洗いの青年にまじまじと服装を見られたじろぐ。日本から来たと言っても理解してもらえそうにないと思い、言葉を濁した。

「もしかして、異世界とか？　ってそんなわけねーか」

　軽く冗談のように言う青年の言葉に安堵を覚えたのか

「ま、まあ、そんなところかな」

　と口にした瞬間、場の空気が凍った。異様な威圧感に、陽介は後ずさる。

「え、な、なんか悪いこと言った俺？」

「おい、お前。名前は？」

　先ほどまで大声で笑いながらカウンターで酒を浴びるように飲んでいた、大柄な男性客が静かに立ち上がり、低い声で問う。

「ひ、日比谷 陽介……」

「……異世界から来たものは皆殺す」「殺す」「異世界の者は殺す」

　名を答えた途端、殺気立った店中の客が獲物を手に立ち上がり、揃って同じ言葉をうわごとのように繰り返しながら、厨房へ乗り込もうとしてきた。青年二人も人が変わったように強張った表情になり、包丁を握り迫ってくる。

「じょ、冗談じゃない！　こんなところで殺されてたまるもんか！」

　陽介は厨房の窓を開け酒場を飛び出し、無我夢中で走った。人の間を縫うように町を抜け、どこへ行くべきかもわからないまま走り続け、降りてきた丘とは逆方向の森へ逃げ込んだ。

「どこいった！」「出てこい、殺してやる！」「もっと奥の方まで探せ！」

　木の陰にしゃがんで呼吸を整えていると、足音と叫び声が聞こえた。もし捕まりでもしたら何をされるか分かったものではない。立ち上がり疲れた足を走らせ、見えてきた洞窟に捕まるよりはマシだと転がり込んだ。

「はあ、はあ、はあ……。言わなきゃよかった」

　名乗っただけで謂れもない殺意を向けられ金にも飯にもありつけず、情けない腹の音を聞きながら、陽介はうずくまるしかなかった。

「どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだ……」

　一つ確かなことは、ここが自分の居た世界とは異なる全くの別世界なのだということだった。