【祝6000PV 完結済み】異世界転生チートに反旗を翻せ!〜俺のファンタジーを返して〜
狂飴@電子書籍発売中!
プロローグ
現代日本とは遠く離れた異なる世界の宮殿で、姫が一人息を切らせて回廊を走っている。白く華やかなドレスを持ち上げる両手は汗ばみ、透き通るような靴は脱げ裸足になっても、使命感が彼女の背を強く押していた。後ろから青年が待てと声をかけ追いかけてくるが、姫は振り向かず命の限りに走る。
扉を開け自室に飛び込む。調度品を押して扉の前に置き入ってこられないようにすると、描きかけの魔法陣の中心に座し、残りを震える手で完成させた。両手を組み、静かに祈る。目には涙を浮かべ、悲しみでかき乱された心のままに呪文を口にする。
「火よ満ちよ、水よ満ちよ、風と共に大地を渡り、深淵に沈む光を呼び戻せ。境界を越え、遥か彼方から顕現せよ! どうか、世界を救うに能う者をここへ……!」
涙が魔法陣に落ちた瞬間金色の光を放ち、姫はようやく安堵の表情を浮かべ、緊張の糸が切れたように横たえた。
調度品ごと扉を炎で焼き払い乗り込んできた青年は、姫の体を引っ掴んで退かし魔法を取り消そうと手をかざしたが、既に魔法は発動し終えて陣は黒い線に戻っていた。
「クソっ! やられた!」
青年はやり場のない焦りと怒りをもう動かない姫の体にぶつけ、文字にするには憚られるような罵詈雑言を浴びせ続けた。されるがままの姫の目から、すうっと一筋の涙が零れていった。
都内某所、大企業の工場入口にあるかび臭い守衛室で、死んだ魚のような目をして時間が過ぎるのを待っている男
は、書き終えた警備日誌を棚に戻し、交代人員が来るのを待っていた。何事も無い
一日が、もうすぐ終わりを迎える。
ナメクジの歩みより遅い時間も待てば経っていくもので、異常のないことを確認し普段通り交代を完了すると、家路をとぼとぼ歩いた。毎日毎日同じことの繰り返し、代り映えのない日常がどこまでも続いている。非常事態が起きれば当然面倒なので平穏無事なことに越したことはないが、かといって居眠りをするわけにもいかず自分は何故ここにいるのかを問う時間が増えた。
彼は就活に失敗し無職のまま大学を卒業。バイトと派遣を行ったり来たりの生活が続き、去年やっと大手の警備会社に正社員として雇用されたが、蓋を開ければ給料は派遣時代以下。実家暮らしでなければやっていけない程度の給金でしかなかった。ボーナスもあるにはあるが、入社したての身には文字通り雀の涙だ。
それでも、派遣に比べれば大分マシな福利厚生や定年雇用制度の安定感に負け、特に転職も考えず二十五歳。先の未来は明るくないが、なにかと物騒な世の中だけに会社が潰れる心配もない。むしろ数年後にオリンピックを控え、人員募集に躍起になっているほどだ。
ただ生きているだけの気持ち悪さの中で、陽介はぷかぷかと時間の波に漂うだけであった。いっそのこと沈んでしまえたらと思う一方、現状を打開したいと消えずに燻る思いを抱えて葛藤する日々が、書いた報告書の分だけ積み重なっていく。
環境も良いものとは言い難い。先に説明した通り警備室は落ちないかび臭さが染み付き、設置されているゴキブリホイホイには見たこともない虫がびっちり絡まっている。同僚は皆干支が二回りも年上で、女っ気は無し。
配備先との交流もあるが、下に見られていることは接する態度から明白だった。愛想がいいのは配送トラックの運ちゃんくらいで、人々の安心と安全を守る立派な仕事はもっとかっこいいものだと思っていた彼は、理想と現実の落差に肩を落としていた。
「どーにかなんないかなぁ、俺の人生」
夜勤明け、ため息交じりに落としたつぶやきは、無情にも道行くトラックに轢かれる。まだ朝の八時だというのに、ハイビームのまま走ってくる対向車に苛立ちを覚えた。
しかし、それが車の光ではないことに気づく。通り過ぎてもまだ眩しいからだ。どんどん膨らんでいく光に包まれて、陽介は目を閉じて事が過ぎるのを待った。
「お願い、誰か助けて!」
まばゆい光の中で、必死に助けを求める女性の声が聞こえた。
「なんだよ、これ」
光が収まり目を開けると、先ほどまで歩いていた道はなく、代わりに草原が広がっていた。青い空に雲が平和そうに浮かび、爽やかな風が吹き抜けていく。夢かもしれないと引っ張った頬はじんじんと痛む。
「いってて……夢じゃないとしたら、ここはどこなんだ? 外国にでも来たのか?」
陽介は辺りを見渡して、丘を駆け上がった。日本ではありえない巨木に、子供の頭ほどの果実がざんざら実っている。
落ちている一つを拾って眺めていると、何者かに横から掠め取られた。カラスだろうかと追いかけて、その正体が小さな翼竜だと知り唖然とする。くぅと鳴いて飛んで行った方角へ歩を進め、眼下に広がる褐色の町並みに息を呑んだ。
「わぁ……すげぇ、ファンタジーの世界みたいだ」
高揚し体に熱がじわりと上がってきて、ようやく陽介は現実なのだと実感した。しばらく景色を眺めていたが、時間ばかり過ぎてどうしようもないと、見えている町へ向かって歩き出した。ここはどこなのか、言葉が通じなかったらどうしようとか、お腹すいたなぁとか、呑気に色々なことを考えながら。
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