レール世代

小野寺

第1話 プロローグ

上越線じょうえつせんに揺られること、一時間。

車窓から覗く大地は徐々に雪に覆われていき、気づけば終点の水上駅みなかみえき

改札を抜ければ、目がチカチカするくらいの雪景色だ。

5年前の葬式のときも、あたり一面雪で覆われていて、歩くことなんかに注意してなかった俺は思いっきりすっころんで頭をぶつけた記憶がある。

父さんと母さんはめちゃくちゃ心配してくれていたけど、俺は頭にできたこぶなんてどうでもよかった。


5年前、中国で蔓延した新型ウイルスは瞬く間に全世界に広がり、猛威を振るった。

CODIE-52、通称ケロナウイルス。

特に隣国であった日本の被害は甚大で、日本の人口の約20%、およそ2000万人以上の方が亡くなった。

その多くが持病持ちの高齢者で、特に65歳以上の高齢者は50%以上が亡くなるという、当時高齢化していた社会は一気に様相を変えることとなった。

元々低迷していた日本のGDPだが、それに追い打ちをかけたウイルスは、結果として堕落し、腑抜けきっていた日本政府のケツに火をつけた。

年金制度の解体、特定就職支援制度とくていしゅうしょくしえんせいど、そして全日本中央大学ぜんにほんちゅうおうだいがくの設置。

圧倒的な人手不足に陥った日本にとって、すべての国民が最大限に力を効率よく発揮できるように考案された制度だ。

結果として、これらの制度によって低迷していたGDPは徐々に上向きとなり、ウイルス以前よりも日本の国力は上がったという声もある。


それでも、俺はわかっている。

今、俺たちが享受している富は、5年前亡くなった人たちの上に成り立っていることを。

あのとき、日本政府は間違いなく、

そして、持病を持っている人たちにとってウイルスが致命傷になると分かっていた。

なぜ、ウイルスをわざと蔓延させたか?

決まっている、延々と伸び続ける平均寿命、死ぬまで年金を受け取り、のうのうと生き続ける高齢者が邪魔になったからだ。

この政府陰謀論はたびたび話題にあがっていたが、人の噂も七十五日。

時が経つにつれて、このような話を論じる人はいなくなっていた。

というよりも、その後の年金制度解体のインパクトがそのような話題を吹き飛ばした。


年金制度の解体と聞いて当時の人々は真っ先に「ああ、やっぱりか」と感じたそうだが、その概要は

『現時点で65歳以上の高齢者には年金を払い続ける。』

『65歳未満で年金を払い続けてきた人は払ってきた金額の元本を非課税で一括給付する。』

『年金制度の廃止にあたり、雇用者及び企業が支払ってきた厚生年金は必ず雇用者の給与にそのまま給付する。』

という内容であった。

落胆ムードは一転、年金がもらえるかどうかを不安視する65歳未満の世代は目の前に積まれた金と目に見えて増える手取りに大喜びだった。


だが、考えてほしい。

この制度はあのとき、亡くなった高齢者がいなかったら、成り立たない制度だろう?死亡した人々の未支給年金はどうなった?

そして、死んだ人とその家族の気持ちは?


結局、人は自分が世界で一番かわいい。

自分は損していない。

みんなでおててつないで、仲良く幸せになっている。

それならいいじゃないか。

だから、先の政府陰謀論なんて、誰も論じることはなくなった。

だって、自分に関係がないから。

自分は損してないから。



おい、冗談だろ?

今、俺たちは人の屍の上に生きている。

足下は見て見ぬふりをして生きている。

ただ、今ある幸せを感じて生きている。


それで、本当に、納得できるのか?

正しいとか、正しくないとか、結果が良ければだとか、そんな言葉で括りたくはない。


俺は、納得できない。

人の犠牲の上に成り立つ幸せに、価値を見出せない。

全員が幸せになるなんて幻想だ。わかってる。

それでも。

それでも、納得できない気持ちを飲み込んで、人生を知ったかぶって、大切なものから目を逸らす人生を俺は誇れない。


ウイルスは俺から、かけがえのない人を奪った。

あの人だけが俺を見てくれていた。

俺を信じてくれた。

夏がずっと楽しみだった。

もう一度、もう一度あの暖かい声が聞きたいよ。

優しいまなざしと、陽だまりのような手のひらに、もう一度触れたいよ。

もう一度逢いたいよ、そう

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る