2020年6月4日

 昨日、SNSに投稿した通りダザイが部屋に現れた。これまでの個体とは違い、翅をバタつかせて何度か飛び立ちそうな素ぶりを見せてはいたものの、結局は私にあっさりと捕獲されてこれまでのダザイと同じように水槽送りとなった。昨日はイレギュラーな時間に仕事の呼び出しがあったせいで私の記憶が少々混濁しているのだが、ダザイを見つけた後だったか前だったか、来週月曜に新しいベッドが搬入されるということで部屋の片付けをした。その際に三匹の蜘蛛を捕獲してタカギモドキのいる巣へと放ってやった。これは救済措置に他ならない。彼ら三匹の蜘蛛はいずれもベッドフレームに巣食っていたわけで、あのまま放置していたのでは古いベッドごと処理されていたはずである。いわば私は彼ら三匹にとっては救世主、すなわちメシア、英語の正確な発音ではメサイアというわけだ。つまり、私は奇跡を起こす神の子ジーザス・クライストに並び立つ男として、彼らの子々孫々へ語り継がれる神聖な存在へと昇華したと言える。控え目に言って神の次席というやつだ。


 仕事へ行く前に明かりを落とした水槽を覗いてみると、わずかに翅を露出させたダザイが水草の上で右往左往している姿があった。そう簡単に溺れ死ぬはずがない。今回の個体は飛ぶ準備が出来ているタイプなのだ。例えるならフィンファンネルを装備したニューガンダムである。


 帰宅後、果たしてダザイは健在かと水槽の蓋を持ち上げてみたが、暗くて見えないので時間外ではあったが仕方なくライトを点灯させてみた。魚も人間と同じようなサイクルで生活しているので、おかしな時間に点灯したり点灯時間が長かったり逆に短かったりするとストレスとなってしまうのだ。まぁ、とは言っても、もうダザイが入っている水槽に魚は一匹もいないのだが。ともかく、ライトを点けた私は水草に覆われた水面へ視線を走らせてダザイの姿を探した。目を凝らしてくまなく探してみたのだが、奴の姿はどこにも見つけることが出来なかった。


 執筆が捗らず、早々に就寝して六時間ほど睡眠を取った私は、今日こそは一つのエピソードを書き上げようと思い、意気揚々とPCの前に座って小説投稿サイトを開いた。ふとモドキたちは仲良くやっているのだろうかと見てみると、しっかりとした体躯を持つ大きな蜘蛛一匹だけが巣にぶら下がっていた。モドキと似ているが違う。とそこで、私はその巣に残っている奴こそがオリジナルのタカギであることに気がついた。そう、モドキはタカギに似て非なるものであり、本来のタカギと見間違って命名したものだ。よくよく見てみれば、巣に残っている蜘蛛の尻の締まり具合は安産型のモドキとは違って幾分スマートである。どうやらタカギが他の三匹の蜘蛛を駆逐してしまったようだ。なんということだろうか。良かれと思って取った行動が裏目に出てしまったらしい。同じ蜘蛛同士、仲良くやってくれると思ったのは私の勝手な幻想でしかなく、彼ら蜘蛛たちからしてみれば迷惑極まりない行為だったのだろう。私は彼らにとって神などではなく、ただいたずらに秩序を乱しただけの狼藉者である。おかげで彼らのコミュニティーは、今や力の強い者だけが全てを支配する、いわゆる北斗の拳のシンが支配する都市サザンクロスのような状態となってしまったわけである。自然のことわりを無視し、人間の傲慢なやり方を押し通した私の罪は大きい。いずれ断罪の時が私に上に訪れるだろう。私はしかるべき時が来たらその運命を甘んじて受け入れる覚悟である。

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