2020年5月22日

 長編ミステリー・ホラーの執筆をしていた私は、目の疲れを感じて休憩しようと思い、ふと水槽に目をやって昨日ダザイを放り込んだことを急激に思い出した。椅子から立ち上がって水槽の蓋を開け、水草の蔓延はびこる水面に視線を走らせる。一瞬まさか、とは思ったが、いた。エアレーション近くの水泡がぶくぶくと湧き上がっている難所に、遺跡から脱出しようとか細い蔦に掴まるインディ・ジョーンズのごとく、水中から突き出した水草にダザイがその身を絡ませていた。どうやら背中に付着した水滴によって水草に吸着し、身体の自由を奪われてしまったらしい。無様に肢を動かして踠いていたダザイは、しばらくすると上手く身をひるがえして水草に掴まり、水面で弾け飛ぶ水泡を物ともせず、カリン塔に登る孫悟空のように頂上を目指して力強く歩み始めた。すぐに頂上へと登り詰めたダザイだったが、様子がおかしい。うろうろとするだけで飛び立とうとしないのだ。ダザイが飛べることはすでに証明されている。なんせ私は飛来した奴を叩き落としたことがあるのだから。どうしたのだ、ダザイ。水草の頂上へと登り詰め、水槽の蓋を開けて私が覗き込んでいる今、今こそが千載一遇の、唯一無二ともいえる、水牢から生きて脱出できるまたとないチャンスではないか。今その翅を広げて飛翔しなくていつするのだ、ダザイよ! 半ば願うような気持ちでダザイを見守っていると、何を思ったのか、奴は身体の向きを反転させて水草の塔を水面へと下っていってしまった。一度は頂上へと登り詰め、何かを探すような素ぶりをしていたダザイ。おそらく、登り詰めたそこに奴の求めるものは無かったのだろう。そのことに絶望し、奴は再び苦難の多い水面へと戻っていったのかもしれない。苦しくとも生きがいを見つけられる、その場所へと。水は低きに流れる、という。果たして、この言葉をそのままの意味で解釈するのは危険かもしれない。

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