2020年4月28日

 私はどこかで日記を更新することを拒絶していたのかもしれない。というのも、掬い上げて水草の上に放置した『ダザイ』が、今日も昨日と変わらぬ姿勢のまま同じ場所に留まっていたからだ。そのうち動き出すんじゃないかと、淡い期待を抱いて水槽の蓋を開けては未練がましく『ダザイ』の遺骸を見つめ、息を吹きかけても反応がないことを確認しては蓋を閉じ、また時間が経ったら蓋を開けて様子を窺うという無意味な行動を、私は短編の執筆をしている合間に幾度となく繰り返していた。はじめは遊び半分で水槽に放ったはずの『ダザイ』が、今やペットとして飼っている熱帯魚と同等の愛すべき存在にまで上り詰めているのを私は否定することができない。こんな名前も知らない甲虫を気に掛け、その生死に一喜一憂し、帰宅後の最優先事項が奴の生存確認である。これでは私が『ダザイ』を捕らえたのではなく、私が『ダザイ』に囚われているみたいではないか。まるで好きな女性に対するそれに近い。もはや私は『ダザイ』の奴隷と言っても過言ではないのかもしれない。

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