2020年4月26日

 水槽から『ダザイ』と『ホウサイ』が消えてからというもの、私は事あるごとに水槽の蓋を開けては彼奴らが水面に浮いていたり、もしくは近くの壁やテーブルの上を這っていやしないかと探すようになっていた。私がいくら探そうが無駄だった。少しばかり狂気じみていると分かってはいながらも、私はたまに「出でよ、『ダザイ』」と強く願ってみたりもしたのだが、もちろん『ダザイ』も『ホウサイ』も現れることはなかった。スタンド能力の発現? いい歳をした大人が何を厨二病をこじらせたような事を言っているのだ。馬鹿げている。そんな能力は空想の世界にしか存在しない事ぐらい分かっているではないか。代わりに私は巣の上で悠々自適に揺れている『タカギ』へと目をやった。まったく『タカギ』は暢気のんきなものである。『ダザイ』と『ホウサイ』が消えたというのに、我関われかんせずを決め込んでいる。そんな『タカギ』を見ているうちに、私はそれが『タカギ』ではない事に気がついた。尻のデカさが違う。誤解をしないで欲しいのだが、私は『タカギ』のふっくらとした尻をヤラシイ目で見てそう思ったのではない。『タカギ』は蜘蛛である。二次元女性に興味が出てきた私でも、流石に節足動物に欲情するほど落ちぶれてはいない。と思いたい。とにかく、『タカギ』に成り代わって別な蜘蛛が巣を占拠している。誰なんだ、この泥棒蜘蛛は。


 もう少しで『登山客』の新エピソードが仕上がるというところで、私は目の疲れを癒すために水草が縦横無尽に繁茂しているゴーストシュリンプのいる水槽へ視線を投げた。美しい緑色だななどと思った刹那、私は水槽の手前のテーブル上を這う『ダザイ』を見つけた。思わず私は嬉しくて小躍りしそうになるのを辛うじて抑え、おもむろにピンセットを甲虫へと近づけていった。私は甲虫の嫌がる様子から、それが『ホウサイ』ではなく『ダザイ』であると断定した。こんな奇跡があるだろうか? 彼奴きゃつらが消えてしまった事でこの日記を更新できないと悩んでいた矢先の出来事である。これはもうほぼ間違いなく私のスタンド能力ともいうべき異能力が半覚醒した証拠といっても過言ではないだろう。厨二病と罵られても構うものか。私は『ダザイ』をどうにかピンセットへ誘導し、いつものように水槽へと放ってやった。

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