2020年4月24日

 仕事から帰宅してすぐ水槽を確認した私は、昨日同様、水面でバタバタと無様にもがいている『ダザイ』を見つけた。いや、こいつが『ダザイ』だと断じるのは早計というもの。今やこの甲虫は『ホウサイ』を加えて二匹いるのだ。しかし、困った事にどちらが『ダザイ』で『ホウサイ』なのか、名付け親である私にすらまるで見分けがつかない。飼い主、もとい観察者として失格ともいうべき失態である。それにしても、前の水槽よりも水面に繁茂する水草の割合が格段に高いというのに、何故なにゆえこいつは水の中へ戻ろうとするのだろうか。もし水草の上から滑落しているのだとしたら、こいつはこいつで昆虫の落伍者ではないか。ともかく、ピンセットで『ダザイ』だか『ホウサイ』だかを掬い上げた私は、水草の上へ戻そうとして彼奴きゃつの様子がおかしい事に気がついた。私がピンセットを水草へ近づけるたび、彼奴は方向転換を繰り返し水草から離れていってしまうのだ。しまいに彼奴は、いくら水草へ近づけてもピンセットの上でじっとしたままで動かなくなってしまった。そう、まるでピンセットだけが唯一外界へと繋がる救いの箱舟であり、それ以外に己の命が助かる手段がない事を知っているかのように。だが、所詮は虫である。脳味噌の容量だって私の何億分の一にも満たないような虫ケラが、霊長類である人間様の知能に及ぶはずもないではないか。私は軽く息を吐いて彼奴を水草の上へと吹き飛ばした。いわゆるゴッドブレスと呼ばれるアレだ。逆さまになって踠く『ダザイ』だか『ホウサイ』だかをピンセットで起こしてやると、彼奴は逃げるように水草の密集している奥へと隠れてしまった。隠れる? まさか。逃げるは生物の生存本能としてわかるが、『隠れる』という技能は高等な知能を持ち合わせていないとできないのではないか。気味が悪くなってきた私はそっと水槽の蓋を閉じて『ダザイ』のこのエピソードを書くためパソコンに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る