第45話 不穏な気配 (渚視点)

「んんぁ……」


 眩しい日差しが当たって、僕はゆっくり意識を現実に向けていく。

 体は半分以上布団から出ているけども、そこまで寒さを感じない。

 ていうか暑い。

 夏というより、もう秋なんだけども。


 こんなことなら、エアコンを修理に出さなければよかった……。

 そろそろベッドから出るか……。


 僕は体を起こそうとする。

 しかし、

 体が動かせない。


「むにゃ…渚……」


 そんな声がした方を見る。


「秋!? どうして僕のベッドに!? 」

「むにゃむにゃ……」


 秋はまだ夢の中のようである。

 背中のほうで、ゴソゴソしている。

 背中に生温かい感触が……。

 秋はあんなんだけど、スタイルはいいんだよなぁ。

 梓はともかく。


「ぐっ! 」


 もっと強く押し付けられる。


「神よ! この純真無垢な僕にどうしてこのような試練を! 」

「むにゃ……二人の彼女のスタイルを脳内で比べっこしているやつが、純真無垢なわけないじゃろ」


 的確な寝言だった。

 しかし、これ以上は僕の理性が持たない。


「ぬぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!」


 僕は秋の腕から抜け出そうとする。


「ふん! 」


 僕は一瞬の隙をついて体を捻り、ベッドから抜け出した。

 しかし、勢い余って床に落ちた。

 頭を打つ。


「こんなの爽やかくない」


 僕は泣いた。

 けど目覚めた。

 起き上がろうと顔を上げると、日差しが当たった。


 爽やかな朝だった。

 僕を置いてけぼりにして。




「あら、おはよう渚」

「…………」


 キッチンでは梓が料理していた。


「渚、まだ寝ぼけてるみたいね」

「あぁ、現実じゃないみたい」

「それはこの新婚生活が? 」

「せめて同棲って言ってくれ」

「……本当にそれでいいの? 」

「ごめんなさい」


 すぐに謝る。


「それで、眠れなかったの? 」

「目覚めは悪かったけど……」

「まさか!あの神様が……? 」


 ザクッ


 僕の背後の壁に包丁が突き刺さる。


「何も無かった! 本当だって! 」

「…………そう。ならいいわ」


 梓はゆっくりと包丁を引き抜いた。


「こんなん爽やかくない」






 それから二人で朝食をとった。

 僕達は学校に行かなくちゃいけないから、秋はどうするのかと聞いたら、ご飯は用意してるからと言われた。

 引きこもりみたいな扱いだ。


「ほら渚。いくわよ」

「あ、あぁ」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あーー、赤点二つ目だ! 」


 教室の真ん中で咲斗が叫んだ。


「あんたあたしと一緒に勉強したじゃない」

「そのはずなんだけどなぁ」

「渚、どうだったかしら? 」

「微妙……」

「珍しいわね」

「まぁ、でもテストが終わったってことは!」

「ことは? 」

「後は文化祭ってことだ」

「あぁ……」


 文化祭の準備が始まれば、必然的に授業も減る。

 学生には嬉しいイベントだ。





「みなさん、これから文化祭についての会議を行うので席に着いて下さい」


 学級委員がクラスの人間にそう呼びかけた。

 ゆっくり、皆は自分の席に座った。


「では、今日は文化祭の実行委員を決めたいと思います。決まり次第、私ではなく進行は委員に任せたいと思います。では、男女各1名ずつやりたい方いますか? 」


 僕は辺りを見回す。

 こういうのは、適任がどの学級にもいるはずだ。

 僕は隠れ見の術というか、陰キャの構えで存在を消すことにする。


「はい」


 一人が手を上げた。

 ほらね……。


「はい、花染さん。やってくださいますか?」


 梓!?


「えぇ、その代わりもう一人は渚にさせてもらうわ」

「……え!? 」


「では、決まりですね。お二人に拍手を! 」


 パチパチパチパチパチパチ


 僕の文句かき消すかのような、捻くれた祝福が僕を囲む。


「渚、よろしくね」

「…………」


 僕は溜息をついた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 放課後、梓は習い事があるというので、一人で帰ることにした。


 僕が教室からでると……


「渚じゃないかや」

「秋、今日はどうして? 」

「ちょっと用があっての」

「どうせ暇だからとかじゃないの? 」

「退屈は強者をも殺すからの。でも強者はいつでも退屈してるんじゃ」

「平民に迷惑がかからない程度で戯れて下さい」

「最低限努力しよう。というか渚」


 秋は僕に何かを聞こうとする。


「……どうしたの? 」

「咲斗をしらんか? 」

「咲斗? どうかしたの? 」

「用があると言ったのは咲斗になんじゃ」

「……よくわからないけど、咲斗なら食堂にいると思うよ」

「分かった。助かったのじゃ」


 そういうと、秋は行ってしまった。

 なんだったんだろう。

 咲斗への用ってのも気になる。

 まぁ、しょうがない。

 今日の所は帰るとしよう。

 バイトもあるし。


 下駄箱で靴を履き替えて、校門へ向かう。


 すると、


「あら、ご無沙汰してるわね。渚君」

「……えっと、真白ましろさん。どうしたんですか? 」

「私がいきなり学校に来たらダメかしら? 」

「駄目ですね」

「予想外の返答……」

「あなたが来ると、色んな先生が気を使い始めるんです」

「それは梓も同じことでしょう」

「それはそうですが……」


 権力者は権力者に弱い。

 それはわかり切っている。


「今日の学校はどうだった? 」

「そんなお母さんみたいなこと言わないでください」

「あながち間違いじゃないでしょう? 」

「僕は認めてません」


 どうも、梓も真白さんも外堀から埋めて、僕を抜け出せないようにしてくる。


「それで、学校はどうだった? 」

「普通でした」

「質問が悪かったわね。あなたと梓はどうだったかしら? 」


「……あなたならもう全部知ってるんじゃないですか? 」

「何も知らないわ」


 白白しさしか感じない。


「文化祭の実行委員に選ばれました。勝手に」

「へぇ」

「ああいう役割は、僕には合わないと思ってるんだけどな……」


 なんだか、親の前で娘の愚痴を零してしまった。


「でも、仕事……やる気はあるんでしょう」

「非現実的な日常があるんだったら」


「そういえば、今あなたの家に梓がいるのよね」

「僕の看病って聞いてたんですけどね」

「まぁ、折角の機会よ。色々見返してみなさい」

「見返す? 」

「では、私はいくわね」



 真白さんは、僕の質問に答えることなくその場から立ち去った。


 去っていく後ろ姿を見ていることしか出来ない僕は、何故だか胸騒ぎがした。

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