第9話 古本屋 (梓編)

 午前10時30分、私は町で唯一の駅前に来ていた。

 ちなみに、待ち合わせの時間は11時30分である。

 恥ずかしい話だが、私はデートというのが生まれて初めてだった。

 私はいつだってクールでいたい。

 何があっても、初めてのデートだから気合いを入れてきたなんて渚に思われたくない。


「待ち合わせまであと1時間、どうしよう……」


 解決出来ない時こそ声に出してみる。

 そうすると、現実感が湧いてくるのである。


「あれ、梓!来るの早くないか……?」


 後ろから、声が聞こえた。

 気合い入れてきたって思われたくないって気持ちや、これからどうしようなんて思ってたのが一瞬で吹っ飛んでしまった。


「渚こそ、早いじゃないの。待ち合わせは一時間後よ」

「まぁね」


 渚はそう言って笑う。

 彼はいつだって私の質問に答えをくれない。


「じゃあ、行こうか」

「分かったわ」


「って言っても、何も決めてないんだけど……」


「折角のデートくらいエスコートしてほしいのだけれど、それが彼氏の責任ってものよ」

「僕が持ってるのは無責任だ」

「無いものをどうやって持つのよ」

「というか、僕はこの町についてよく知らないだけど」


 渚はどうしようかと悩んだ振りをしてチラッと私を見た。

 そういう所もずるいと思う。


「仕方ないわね、私が案内してあげる」

「頼んだ」


 というわけで、デートというよりはただの町案内になってしまったけれど、私達

 は歩き出した。


 しかし、


「あのー梓さん?」

「何かしら?」

「ちょっと距離がですね、近い気がするんですけど……」

「あら、そうかしら?」


 私は渚の左腕に身体を思いっきり押し付けるようにして腕を組みながら歩み進める。


「いや、そのですね、そういう体勢を取られると色々当たってるといいますか……」

「色々って?」


 私は渚の腕に胸を押し付ける。

 勿論わざとだ。


「梓さん!?ちょっと聞いてますか!?」

「知らないわ、行きましょ」

「いやね、ここは駅前だから人目とかも……」

「そんな人通りのある町じゃないし、それに、今は誰も居ないじゃない」

「今はいなくても、来るかもしれないし!」

「じゃあ、人がいなければこういうことされたいの?」

「ふぇっ?」


 渚が情けない声を出す。

 素直に可愛いと思った。

 これだからいじめたくなる。


「いや、そういう訳じゃなくて!」

「ふーん」


 私は渚のワイシャツの中に手を少しずつ入れる。

 そして1つずつボタンをゆっくり外していく。


「渚、今日は長い夜になりそうね……」

「✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕!!!!」


 渚は声にならない叫び声を上げた。





「ここは?」


 何故か妙に息を切らせていた渚は、そう聞いてきた。


「ここは町で唯一の本屋さんよ。本屋くらい見ればわかるでしょ」

「今、僕は目を開けたくないんだ。辛い現実と向き合いたくない」


 どうやらさっきので、彼は心に深い傷を負ったようだが、気にしないことにする。


 私達はそうして本屋の中へと踏み入れた。


「いらっしゃいま……あ!この前の浮気男くん!」


 本屋の女性店員はそう言った。

 勿論、渚に向けてである。


「あなたは! また別の女と……」

「ご、誤解だから!」


 渚は両手を振って否定する。

 両手を上げて降参のポーズ。

 いや、彼の性癖なら万歳のポーズかもしれない。


「店員さん、金属バットとかって売ってないかしら」

「ないから!本屋にそんな物騒なものないから!」

「ちょっと待ってくださいね……」

「あるのかよ!?」

「おまたせしました……金のバットでございます」

「金属製ってそういうこと!?」

「頂くわ」


 私が店員からバットを受け取っていると、 渚はげっそりした顔で奥の本棚へと向かっていっていた。


 私は自分の好きな本をいくつか手に取って、一応気になったので、渚がいた本棚へと向かった。


 すると、渚は何かを興味深そうに読んでいた。


「渚、何を読んでいるの?」

「何か古そうなこの町の本があって……」


 私はこの町の花染家の娘であるから、古い歴史に関してはそれなりに知識はあるんだけれど、昔のしきたりとかに縛られるのが嫌いで目を逸らしていた節があった。


 多分、それも現実なのだろうけど、神様とか権力争いとか、非現実感が強すぎる。


「この町の二大巨頭として、梓の家と秋だと思っていたけど、昔はもう一つあったんだな」


 渚は本を見たままそう言った。


「そうなの、知らなかったわ」


 私は今、嘘をついた。

 渚がそれに気づいているかどうかは分からない。

 本当に、ずるいのはいつだって……


「ふーん、まぁ、古い話っぽいからな」

「昔話に興味はないわ。必要なのは現実、今だけよ」

「僕は好きだけどなぁ、あっ、この町の年表があったよ。古いのと改正版があるなぁ」

「そういえば私の家に似たようなのがあった気が……うーん、渚、少し見せてくれないかしら?」

「どうぞ」


 私は渚から本を受け取る。渡してくれたのは改正版の方である。

 私は中を見てみる。

 しかし、そこには花染家とあの神様についてしか書かれていなかった。



「ありがとう」


 私は本を渚に渡した。

 渚は受け取った改正版の本をチラッと見て、何かを理解したのか1度頷き、本棚へもどした。


「何か分かったかしら?」


 私はそう聞くが、渚は首を横に振って


「うーん、何も」


 そう言った。


 それから二人でカフェに入って、お茶をしながらお昼ご飯を食べた。

 面倒なことを考えず、ただ二人て仲良くお喋りを出来たのが楽しかった……のだが、



 渚が、


「そうだ、梓。梓の家行ってもいいかな」


 そんなちょっとドキッとすることを言うもんだから、


「なっ……ええ、全然構わないわ。ついに嫁ぐ準備が出来たのかしら?」

「いや、さっき家にこの町の本がって……」

「……そういうことね」


 期待して損した。


「まぁ、でも。私の家で監禁すれば結局出られないわけだし……」

「怖いこと企まないで!?」

「じゃあ、行きましょ。すぐに行きましょう」

「僕は生きてお家に帰れるんでしょうか」


 渚は不安そうに私に聞く。


「想像してご覧なさい天国はあるわ」

「僕はジョン・レノンを否定するのは良くないと思うんだ」

「永遠もある」

「いいから」



「ほら、行きましょう」



 私は、彼の言葉に嬉しくなってしまって、侵入を許してしまった。

 だけどそれが、私の救い難い隙だった。



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