第7話 新たな日常
彼女と彼女が出会う修羅場を乗り越えた次の日。
僕はいつも通り、いつも通りの時間に学校へ行くため家を出た。
「渚、遅いわよ」
「……これが僕の最高速度だ」
家の前に梓(あずさ)が立っていた。
ちなみに待ち合わせなとは一切していない。
「だったらアップデートね。昔の女の事なんて忘れさせてあげるわ……ふふっ」
そう言って笑った梓からは、狂気を感じた。
僕は空を見上げる。
嫌いな青空だった。
「じゃあ、いきましょ」
「拒否権はないんですか」
「あら、私と一緒に登校したくないの?」
「僕は学校に朝一緒に登校するのは世話焼き幼馴染だけって決めてるんだ」
「それで?幼馴染さんは?」
「来世へアップデートしたらワンチャン」
「そう、私がアップデート (物理) してあげましょうか?」
梓はどこからか出したカッターナイフの刃を少しずつ出していく。
キリキリ……
これじゃ、アップデートというよりもウイルスが入ってきた気分だ。
ヤンデレウイルスバスターを用意しておかなければ……
「彼女と一緒に登校なんて、あなたからしたら非現実的なものだと思うだけど」
「僕はそんな妄想の中の現実なんてきらいだ。あと、地味に僕が彼女と一緒に登校するのは夢のまた夢だ。みたいなことを暗示するな」
「だから、一緒に行きましょって」
「……君はいいのか?」
「何がかしら?」
「君は現実的な事を求めるんだろ」
「違うわ。だって、私からしたら彼氏と一緒に学校へ行くなんて未来の決定事項だったもの」
「……左様ですか」
という訳で僕は彼女と一緒に登校した。
町で冷嬢に逆らえるのは僕だけなんて言われてたらしいが、そんなことも無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
僕達は教室の扉を開けた。
「お、未来の夫婦が来たぞ!」
「いやいや、もう夫婦だろうに」
「ゆうべはお楽しみかしら!?」
「そりゃ、あの美人だし、やることはもうやってるだろ」
一気に帰りたくなった。
僕達は別に夫婦じゃない。
僕から浮気男のレッテルが無くなったのは喜ばしい限りであるが、これもこれで違う。
「まぁ、いいじゃないの。……渚、知ってるかしら?」
「知ってるって?」
「既成事実を作れば勝ちって」
「知らない!知らないから!」
最近梓のキャラ変というかヤンデレ化が進んでいる気がする。
まぁ、そんなわけでクラス内がうわついたまま、今日の授業が開始した。
授業が開始して数分、クラス内の生徒の注目は数学の教師が必死に板書した黒板……ではなく、別の所に注がれていた。
そこには黒板の端っこで自由にお絵描きをしている、秋(あき)がいたのであった。
どう見間違えたら神様に見えるんだ、と言いたい所かもしれないが、土地神さまに『帰れ』なんて言って邪険には扱えないのが悲しい現実である。
数学教師は必死に黒板に文字書いて対抗するが、秋の書いている芸術作品と言っても過言ではない作品に皆は釘づけであった。
それからは、数学教師と秋による無言のお絵描きバトルがくりなされた。
勉強というものをホームラン並みでかっ飛ばした授業だった。
そこから十数分後、途中で数学教師は正気を取り戻した。
「あの、土地神さま?」
どうやら勇気を振り絞って神様に注意してみるようだった。
「ん?なんじゃ?」
「そのですね、こういうことされると授業に支障を……」
キーン コーン カーン コーン
「いえ、何でもないです……」
授業が終わってしまえば注意する必要もない、教師の悲しい現実である。
そこにはただ、題名「生命の誕生」とでも付けれそうな黒板に描かれた絵と、微妙な雰囲気になった教室だけであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えーっと……何故わらわは正座させられてるのじゃ?」
教室の端で、四つ正方形に並べられたテーブルの上で、正座をしてる神様はそう言った。
「過去の行動をよーく思い出すのよ」
そう言った梓と僕だけは秋の前に立っていた。
こんなことをしてることが信仰深いおじいちゃんおばあちゃんに見つかったら発狂してしまうかもしれない。
まぁ、今も教室のドアの向こうから『秋ちゃん命!』と書かれた旗を持つ団体が僕達を睨んでいるのだが……
ファンクラブが解散したという噂はどこへやら……
「まぁまぁ、お昼ご飯食べようぜ」
今井咲斗(いまいさくと)は僕といつもの幼馴染二人、そして梓に言った。
「私も一緒に食べていいの……?」
梓はちょっぴり驚いた顔をして、少し不安そうに聞く。
普段は図書室で、梓の舎弟……ではないが、ファンクラブのメンバーらしき人達と固まってお昼ご飯食べている。
友達とご飯というのには慣れていないのだろう。
「食べよ食べよー」
小森(こもり)さんはそう言って梓の背中を押して、席へと座らせる。
そして、僕、咲斗、そして水瀬さんが空いてる席へと座った。
ちなみに秋は未だに席の真ん中で正座している。
僕は箸を取り出し、お弁当の蓋を開けた。
「頂きます」
僕はそう言ってタコさん型に切られたウインナーを箸で持ち上げた。
そして、それを口へ運ぼうとすると、
「パクッ」
僕のウインナーは秋の口の中へと消えていた。
「んー美味しいのじゃ!」
秋は無邪気に喜ぶ。
だが、それよりも……
「渚、あなたはそうやってすぐ……女を誑かして……」
「いやいや!今のは秋が!」
「言い訳無用!」
「ぎゃあぁぁああああああ!!!」
その後、教室には僕の断末魔が響いたらしいが、僕は知らない。
「それで……僕はどうして正座させられてるんですか……?」
さっきまで秋が正座していた場所に僕は正座していた。
ちなみに秋は僕の席で僕のお弁当を食べている。
「渚、あーん」
僕は秋から僕の卵焼きを食べさせてもらった。
横でカッターナイフの刃を出していく音がするが、気にしないことにしよう。
「仲良いなお前ら」
咲斗は僕にそう言った。
「だったら変わってくれ……」
「……遠慮しとく」
「あんたには側室どころか正室も無理ね」
小森さんが咲斗に言った。
「渚、俺にもその恋愛のいろはを教えてくれ!」
「うーん、咲斗には、無理かな」
「仲間だと思っていたのに! 革命はいつだって裏切りによって崩壊する! 」
咲斗は叫んだ。
「大丈夫、それでも僕は友達だから。そう、多分、きっと」
「非断定系じゃないか! 」
「おぉ、咲斗よ。切れてしまうとは情けない」
小森さんのその言葉は、咲斗ともに小さく消えていった。
「渚君、冷嬢にも秋ちゃんにもファンクラブがありますのよ。刺されないようにしてくださいね」
水瀬さんは僕にそう言うが、
「いや、あのファンクラブの会員よりも梓に殺されそうになってるんですが……」
「梓殿だけじゃないぞ、わらわも浮気したら……なぁ」
秋は可愛い顔して笑みを浮かべていたが、僕はあの大きな尻尾から金属製の何かが見えたのを見逃さなかった。
「すみません、もう1人いました!」
「…………そうだよ!」
僕がこの先の未来を心配していると、咲斗が机に手を付けて立ち上がった。
「咲斗、どうかしたのか?」
「なぁ、俺たちも作ろうぜ、ファンクラブを!」
「……誰の?」
「お前達のだよ!」
「……えっと?」
「渚と二人の彼女の関係を見守る会だ」
「なんの為に……?」
「面白そうだから」
僕の人生はエンターテインメントですかそうですか。
「雪、結、入ってくれるよな?」
「…………」
「いいじゃん、ゆきっちー。面白そうじゃん」
「結さんがそう言うのでしたら……」
「きまりだな!メンバーは、冷嬢こと梓、土地神さまこと秋、それに小森結と水瀬雪、最後に会長の渚だ!」
「僕の意見は……」
「ない!」
皆が声を揃えて言った。
地味に梓も秋も入っていて乗り気なようである。
今では梓のことを、このメンバーは冷嬢ではなく梓と呼んでいるらしい。
こうして、僕達はファンクラブという団体を結成し、新しい友情を結ばされたのであった。
僕は机の上で正座しながら鉄の空を見上げた。
「これだから現実ってやつは救い難い」
僕は頭を抱えた。
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