第6話 歪んだ恋心

 風船を受け取った少女は、実に輝かしい笑顔を浮かべていた。

 あー人にいい事をするって気持ちいいなぁ。

 善行万歳! 勧善懲悪!


 そこで僕の記憶は終わっていた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 目を開けると、僕は縛られていた。

 あ、いや。僕の趣味とかじゃなくて。

 両腕を縄と柱で固定され、座らせられていた。


「ようやく目を覚ましたわね」

「おー渚や、目を覚ましたか!」


 僕の彼女であるところの梓と秋が目を覚ました僕にそんな声をかけた。


「えっと、どうして僕は拘束されてるんですか……」

「自分の胸に手を当てて考えて見なさい」

「その両手が縛られてるんですけど……」

「努力が足らないのよ」

「必要なのは努力じゃなくて優しさだと……」

「足りぬたりぬは工夫が足らぬ……よく言ったもんさ」


 流石何百年も生きてきた神様である。

 重みのあるというか年季がある。

 まぁ、内容はブラック企業と何ら変わりないが。


「私達は知りたいのよ」

「知りたいって?」

「どうして、渚がわらわ達を選んだかじゃ」

「それは、どちらかと言うと僕の方が知りたいんだが……」


 これは素直な気持ちだった。

 どうして僕を選んだのか知りたい。

 選ぶことには恐怖が伴うが、選ばれることにだって恐怖はある。


「私達が答えたら、あなたの気持ちも聞かせてくれるかしら?」

「……分かった」


 僕は頷く。


「私があなたを選んだ理由……っていっても私は特に理由なんて無いわ」


 梓は言う。


「前も言ったけれど、告白されたから、私を『私』として見てくれたから、だから好きになったのよ」


 告白されたから好きになった。

 確かに納得出来なくはないが、だからこそ不安になる。


「不安になる気持ちも分かるわ……でも、」


 梓は下を向く。


「でも、誰も私を『私』として見てくれなかったの。町のお嬢様って言われ続けて……だから嬉しかった」

「でもそれは僕がこの町をよく知らなかっただけだ」

「でも、『知らなかった』それが現実なのよ。『もしも……』なんて無いのよ。そう、いつだって……」


 梓からしてみれば、プロセスなんてどうでも良いのだ。

 ただ、結果だけが重要である。

 好きという気持ちが最後に残った。

 だったらそれが答えだ。


「これが、私の気持ちよ」


 梓が言った。


「……分かった。秋も聞いてもいいか?」


「わらわは特にないぞ。ただの永遠の生の戯れじゃよ」


 秋はそう言う。


「戯れか」

「退屈は毒なのじゃ。どうじゃ、渚もわらわと共に永遠の生を生きてみるか?」


「それも、楽しそうだね」

「永遠の生が恐ろしくないのかや?」

「まぁね。現実感がないし」


 現実感がない。

 僕の大好きなものだ。


「ふん、まぁ今の所はよい。今は渚の気持ちが知りたいのじゃ」


 梓と秋が僕の目を見つめてくる。

 だから、僕も彼女達の気持ちに応えなければならない。



「僕は……」


 僕は彼女達に、気持ちを伝えるために口を開く。

 いつだって素直な気持ちを伝えるのは難しい。

 でも、素直な気持ちのほうが僕は非現実的に感じる。


 だから、僕は……





「僕は、僕は二人とも、好きじゃないんだと思う」



 ここで愛のメッセージを伝えると思っただろうか?


 現実はいつだって不躾で救い難い。

 なんなら、愛の言葉を期待していたのだろうか、それは救い難い隙なのかもしれない。



「え、えーっと? それはどういう意味かしら……?」


 梓は露骨に困惑している。

 秋は少し分かっていたのだろうか、そこまで驚きを見せない。



「僕は好きじゃない。君達に抱いた気持ちは魅力に惹かれただけで、恋心じゃなかった」

「でも、あの時告白してくれたじゃない」

「それは君が現実的じゃなかったからだ」

「それは確かに言っていたわ。でも、あなたは告白する時に好きって……」

「あぁ、好きさ。君に惹かれた」

「じゃあ!」

「でも、これは恋心じゃない」

「…………」


 梓は言葉に詰まる。


「私はあなたが分からない。こんなの現実じゃないように思えるわ」

「僕は本望だ」

「私は分からない」


「僕もだ。僕は狂っているらしい」


 僕のこの考え方は危険思想なのかもしれない。


「そんなの非現実的よりも、ただ浪漫的なだけよ」

「かもしれない」


 でも、……それでも。


「でも、君に惹かれた。この気持ちは本物だ」


 こんな言葉、亭のいい甘い言葉なのだろう。

 でも、大事なのは僕が君に伝えることじゃない。

 君に何を伝えたかでもない。


 要は通信規約だ。

 送信する力、受診する力が根源的に人間には決められている。

 社会的処理能力が決定されている。


 だから、僕のこの言葉の裏面を知りつつも、一部の面だけを受け取る。

 わざと騙されるわけだ。



「……分かった。私は騙されてあげる。これは、あなたの亭のいい言葉なのかもしれない。でも、プロセスなんて関係ない。次は私が振り向かせる。私があなたを騙してあげる」


 梓は上から僕を見下ろしながら言った。



「渚、そして、わらわと梓の進む道は茨道じゃろう。じゃが、神様と人間、それを越えた非現実的な恋をわらわも追い求めよう」


 秋も立ち上がった。


「あぁ、気に入った」


 こうして、二人は僕を振り向かせるため競い合うことになった。

 現実的どころかもう人間的でもない。

 これは侵略だ。

 三人の心を蝕み合う侵略だ。



 これは、非現実的な恋愛。


 僕はつくづく屑な人間らしい。

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