第5話 古本屋と風船

 良い知らせと悪い知らせがある。


 いい知らせは学校にいる人間のほとんどが僕の名前を覚えてくれたこと。

 悪い知らせは学校にいる人間のほとんどが僕の名前を呼ぶとき悪感情をもっていることだ。


 理由はあれだ。

 僕が町の由緒正しきお嬢様と神様を二股をかけたせいである。

 この話は1晩で町全体へと広まったらしい。

 途中、僕の彼女が10人近くいることになっている噂を聞いた時は慌てて止めた。

 世間から叩かれる不倫騒動後のタレントを思い出した。




 学校帰り、僕はこの町唯一の本屋に寄った。

 この町は別に田舎じゃないが、僕が昔住んでいた町よりは田舎だし、珍しい本があるかと思ったんだ。

 それに、放課後に遊ぶような友達もいないし…

 くそっ、これだから現実ってやつは……




 カランカランッ、

 扉を開けるとそんな音が僕を迎えてくれた。


「いらっしゃ……いっ!」


 どうやら店員さんは迎えてくれないようである。

 もう少し、悪感情を抑えて欲しいというか隠す様子くらい見せてほしいと思うのだが……



 これ以上睨まれると豆腐メンタルが持たなさそうなので、そそくさと店の奥へ進む。

 奥にあった本棚を指でなぞりながら見てみる。


 え? そりゃあ勿論ライトノベルコーナーですよ。


 プルルルルル……


 少し古めかしい着信音が鳴り響いた。

 僕の携帯ではないらしい。

 周りをぐるっと見回すと、お客さんは特にいないし、どうやら店員のお姉さんの携帯らしい。


 盗み聞きするきはなかったのだが、狭い店内なので声が聞こえてくる。


「えっ!?ゆーくん、今度の週末帰って来れない? 」


 相手は彼氏だろうか。


「ええっ!?しかもあっちで新しい彼女が出来ちゃったって!?嫌よ!別れるなんて!」


 修羅場だったか……


「あっ、ちょっと!ゆーくん!」


 プツッ。

 ピー、ピー、ピー……


 見ては行けないものを見てしまったきがする。




 僕はそれから、本を見るふりをして彼女が落ちつくのを待ってから、適当にハーレム系主人公のライトノベルを一冊手に取り、レジへと向かった。



「お願いします」

「ちっ!……お預かりします」

「……接客態度に問題があると思うんですけど」

「女の敵に送る優しさはないのよ」


 店員のお姉さんは言う。


 怒ってるのは僕が二股してる事よりも僕への嫉妬心という気がしてならない。

 しかも女の敵って……

 しかし、レジ打ちの手は止めない。


「梓も秋もそんな凄い人達だったんですか?」

「……知らないで付き合ったの?」

「えぇ、そんな暇もなかったですし」

「梓お嬢様は町で1番古い、由緒ある家柄のお嬢様。この町では彼女のお父様には誰も刃向かえないほどの」

「……初めて知りました」

「土地神さまはずっと昔からこの町を見守ってる神様。確かに威厳はないけどもう何百年も生きてるこの町の、私たちの守り神」


 あと最近ファンクラブが解散したらしいと彼女は小声で言った。

 一体誰のせいなのだろうか。


「だから、そんな御二方に二股をかけるなど言語道断」


 彼女は早く代金をよこせというように手を僕に差し出す。


「お客様は神様なのでは?」


 僕はお客様に対しての接客態度が悪い店員に苦言を呈す。


「お帰りやがれ下さい」

「あ、本のカバーお願いしますね」


 僕は本の値段分のお金を彼女の手に置く。

 すると、彼女はお金を機械に入れて、レジ打ちの機械のボタンを素早く押す。


「それでも会計はちゃんとしてくれるんですね」

「お金の分は働くのよ」

「現金だなぁ」


 僕は勿論ブックカバーなどかけられていない本とレシートを受け取った。


 僕は店を出る前に一言彼女に言う。


「いい人、見つかるといいですね」

「なっ!」


 本屋から出ると、少し冷たい風邪が僕の頬を撫でてくれた。


 僕は一瞬空を見上げる。

 不甲斐ない神様達に店員のお姉さんの恋路でも祈っておこう。



 本屋から出た僕は真っ直ぐ帰るつもりだった。

 好奇心が抑えられずさっき買った本の数ページをチラ見しているのはなかったことにして欲しい。

 挿絵が気になるんだ。

 分かってくれると信じている。

 だけど、僕は家の近所の公園で見つけてしまった。


「渚、いいところに来たわ」


 梓は言う。


「悪い、僕もいいところだったんだ」

「そうは見えないけど」

「主人公がヒロインと出会った所なんだ。感動シーンなんだぞ!」

「大丈夫、大丈夫、いずれハーレムを形成して影が薄くなるから」

「辛辣!」

「でも最終的に結ばれるのはその子となのよね」

「大体そうだけど……」


「それで、何か用だったの?」


 僕は梓に質問する。


「あれを見てちょうだい」


 そう言って梓は人差し指を突き刺し空へと指さす。

 指の刺された方には高い木の上に引っかかった風船と、それを取ろうと必死に足掻く少女がいた。


「分かった。未来が見えた。帰らせてもらいます」

「待ちなさい、渚」


 梓は僕の肩をがっしり掴んで引き止める。


「主人公なら、小さい子を助けるもんでしょ」

「ヒーローがロリコンみたいに言うな」

「じゃあ、あなたはヒーローね」

「嬉しくない!」


 もう戦隊物を純粋な目で見られなくなったじゃないか。


 すると、梓は木の下にいる少女の元へ行って、二人でこそこそ話始めた。

 そして数秒後、少女が僕の元へとやって来た。


「お兄ちゃん、風船取ってくれるの!? 」


 少女はとても清らかな目で僕のことを見てきた。


 先に言っておくが僕はロリコンじゃない。

 別に少女や幼女に興奮もしない。

 あぁ、だからこれは人助けをしたいっていう純粋な気持ちなんだ。

 純粋な気持ちには純粋な気持ちで返す。

 当たりだろう。


「あぁ、任せてくれ。僕が君のために風船をら取ってあげよう」

「この、ロリコン……」


 梓はこの世で僕を表す言葉として1番似合わない肩書きを付けてきた。


「僕をロリコンっていうな」

「ただのロリコンじゃないの」

「違う、例え本当はロリコンだとしても、僕のことをロリコンと言うなと言ってるんだ」

「屑の発言ね」


 一応彼女のはずなんだけどなぁ……。

 言葉が辛辣過ぎる。


「よし、やるか」


 僕は木の下まで歩いていって、上を見上げる。

 思ったよりも高かった木の高さに驚く。

 軽く僕の四〜五倍はあるぞ……

 だけど、よく分からないが体の中から力が溢れ出てくるので、それに身を任せて木に登り始める。


 ゆっくりと枝を1つずつ登っていく。

 そして、風船に手が届く所までやっと来た。

 少し下を見ると頭がクラクラして目眩がする……

 僕は恐怖と戦いながら、手を伸ばす。


 そして、風船の紐を掴んだ。




 しかし! その瞬間、足を滑らせてしまった。


 僕は風船を掴んだまま、木の上から落ちていく。

 流石に死ぬことはないが、骨折くらいの怪我は免れないだろう。

 僕は目をつぶって、覚悟を決めた。



 だけども、この後僕が目を開けた場所は、病院のベッドの上……ではなく、



「渚、わらわが来なかったら大怪我する所じゃったぞ」


 秋の大きな尻尾の上だった。

 どうやら秋が尻尾をクッション代わりにして助けてくれたようである。


 しかし、問題はそこじゃなくて……


 そう、


 僕と梓と秋の三人が……遂に出会ってしまった。


「これが修羅場ですか……」

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