第277話

開いた口が閉まらない。しばらくして唾液を飲み込んだ。泣いている晴菜さんにキスをされ、私の涙は逆に引っ込んでしまった。

自分の服をギュッと握りしめ、必死に落ち着こうとする。でも、言葉が出てこなくて下ばかり向いてしまった。



「ごめんね…」



必死に何かを考えたいけど何を考えたらいいのか分からず、言葉も見つからない。「ごめんね…」の意味は謝罪だと思うけど、謝罪なんてしてほしくなかった。

だって、謝罪をしてしまったら晴菜さんが悪いことをしたことになる。確かに私には恋人の芽衣がいて…確かに絶対に許されないことだけど、、だ。


あぁ、私はどうしたらいいの。許されないことだし、でも、でもが頭から離れない。誰が悪いとか考えたくなくて、頭がショートしそうだ。

勉強より難しい問題は答えまで導かせることが出来ず、パニックに陥らせる。



「涙…拭きましょう」


「大丈夫だから」


「でも…」



ハンカチを取り出し、晴菜さんの頬に流れる涙を拭こうとした。だけど、手を跳ね除けられ拭えなかった。

沈黙が続く。キスのことなんて聞けるはずもなく、時間だけが過ぎていく。

そんな時、晴菜さんがポツリと私がずっと知らなかった心の内を話してくれた。


今の恋が今までの恋よりも一番辛いと。好きでもない人に抱かれた時よりも、今が一番心が痛いと言われた。

一番辛い恋の相手は私で、悲しませているのは私なんだ。泣いちゃいけなのに、涙が出てくる。晴菜さんに一番辛い恋をさせてしまった張本人のくせに。


私は晴菜さんが好きだ。尊敬もしてるし、年上なのに可愛くて、もし…芽衣と付き合ってなかったら惹かれていたかもしれない。

はは、私はひかるの時もそう思っていてから最低だよ。もしもなんて考えちゃいけないし、晴菜さんにも芽衣にも失礼だ。



「この恋を終わらせたいの。私ね、何度も何度も水希ちゃんのことを好きになって諦めてを繰り返した。でも、もう綺麗な恋の終わり方は出来ない。水希ちゃんに出会わなければ良かった…って思うようにする」



晴菜さんの手から指輪の入った箱が滑り落ちる。地面に落ちた箱は反動で指輪が投げ捨てられたように飛び出て地面に転がっていく。

晴菜さんが歩き出し、私は追うことが出来なかった。










「水希、今日のこと芽衣ちゃんに言っちゃダメよ」


「えっ…でも」


「恋人に何でも話せばいいってものじゃないの。時と場合によるのよ。これ以上、芽衣ちゃんも晴菜さんも傷つけちゃダメ」


「うん…分かった」



お姉ちゃんに念を押され、今日のことは言わないことに決めた。ひかるとのキスがバレた時、芽衣が泣いていたことを思い出し辛くなったからだ。



「あっ、指輪はどうしたの?」


「引き出しに入れた…」



お姉ちゃんが引き出しを開け、指輪を見つめる。そして、また大きなため息を吐かれた。

「高そうだね」と言われ頷く。頷いた後に、頭を両手でグリグリとされた。痛い…痛いよ。



「私の妹がこんなにも大馬鹿だとは思わなかったわ。とんでもないタラシだし、タラシのくせに女心を何一つ分かってないし、最低の妹だわ」


「ごめんなさい…」


「こんなタラシのどこがいいのかしら?芽衣ちゃんにひかるちゃんにマドレーヌの子と…晴菜さんも、、私には分からないわ」


「私も分からない…」


「でしょうね。一番近くにいる姉の私には水希の魅力なんて0よ。寧ろ、一番付き合いたくないタイプ。みんなに優しすぎるし、距離感バカだし、恋人になった人はいつも苦しい思いをしなくちゃいけない」


「すみません…」



お姉ちゃんからキツいことを言われ凹んでいく。だけど、その通りでただひたすらお姉ちゃんの言葉を聞くしかなかった。



「顔も普通だし、勉強は最近頑張っているけど私より全然ダメだし、身長も私より小さいし、服装も子供っぽいし、お金持ちでもないし、良い所なんて一つもないわね」


「分かってるよ…」


「だから、水希は芽衣ちゃんに嫌われないように頑張らないといけないの。天変地異が起きたぐらいの奇跡で好きになってもらったんだから大事にしないといけないの。周りに優しくする前に、芽衣ちゃんに何百倍も優しくしなさい」


「はい」


「晴菜さんとはしばらく距離を置きなさい。今は時間が必要よ」


「うん…」



冷めたココアをグイッと飲む。まだどうしたらいいのか分からないけど、お姉ちゃんのお陰で私自身を見つめ直すことができた。

私はつい調子に乗ってしまう癖がある。私自身の行動に対して何がダメかが分かっていなかった。そのせいで晴菜さんは傷ついた。



「水希、夕食まで正座ね」


「はい…」


「私がここで見張るからね。勉強用具持ってくるから今から正座してなさい」



ベッドの上で正座をしようとしたら「床!」と言われ、冷たく硬い床に正座をする。

座禅よりキツい体勢で私は心を鍛え直し、、鍛え直された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る