第7話 強い力はお餅ですか?

「武田くん!私、あなたに大切な話があるの!」


 大切な話、おおよそ予想はつく。なぜなら彼女、辻本美亜は『ぽんヌルぶカ・げーむ』のトップランカー大和田花香の従姉妹だからだ。おそらく話というのもそれに関連したものだろう。ラブレターという形にしたのは呼ぶための口実か、まあしょうがない。


「あ、あの私、武田くんのダジャレセンスとかすごいなーって思ってて」


 すでに俺の変能、『凍るど冗句コールド・ジョーク』についても知っているらしい。花香さんから聞いたのか。


「で、でもそこだけじゃなくて、そういうのを自信満々に言える豪胆さとか、ポンポン飛び出す頭の回転とか」


 俺が花香さんとどのように戦ったかも聞いているようだ。我ながらあの勝負は勇気や知力を振り絞れた戦いだったと思う。


「実をいうと、最初はそういうの変だなーなんて思ってたんだ」


 まあ、『ぽんヌルぶカ・げーむ』の詳細を初めて知ったときは俺もそう思ったよ。変な能力に変なステージだなって。


「でも一本筋が通ってるところとか、変わってるところを隠さないところに、私なんだかだんだん惹かれていっちゃって……」


 俺も、たった二回の試合しかしていないけど、すでに惹かれてしまっている。この『ぽんヌルぶカ・げーむ』に。


「だから!……私、私、あの、私と……」


 緊張して声が出せない様子だ、無理もない。俺も、クラスメイトにプレイヤーがいた事実に興奮して胸がバクバクしている。


「美亜さん、よく分かりましたあなたの気持ち」


 ここは俺がリードしてやるべきだろう。


「え?た、武田くん……」


 そうだ、俺が言ってやるんだ。


「やりましょう!『ぽんヌルぶカ・げーむ』!」


「……ええええええええええええええ!!!!!!!!!?????????」


 だが帰ってきたのは困惑混じりの絶叫だった。


 *


「え?え?え?武田くんも『ぽんヌルぶカ・げーむ』のプレイヤーだったの?」

「はい、従姉妹の花香さんから聞いたんですよね?俺のこと。だからこの場所に呼んだんでしょう?」

「え?いや?知らないよ?ていうか花香ねえのこと知ってるの?」

「え?あはい、先日戦って……え?」


 もしかして俺とんでもない勘違いしてる?顔が一気に熱くなる。『ぽんヌルぶカ・げーむ』の誘いじゃないなら、これって。


「あ、あの、もしかしてなんですけど、これって、試合のお誘いじゃなくて、こくは……」

「あああああおああああああああ!!!!!!」

「うおっ!?」


 急に大声を出した美亜さんに思わずびっくりする。え?どうしよう恥ずかしい恥ずかしいもしかして渡されたのはほんとにラブレ


「はい!試合のお誘いです!!!!!!!!!!」

「ですよね!!!!!!!!俺のこと花香さんから聞いたんですよね!!!!!!!!!!」

「です!!!!!!!!!!!!!!」


 よかったよかった。

 俺の勘違いじゃなかった。お互いに顔が真っ赤だけど、これは試合に向けて全身の血流が促進しているんだろう。


「そうと決まれば早速はじめましょう。俺はジョーカーって言うプレイヤーネームです。美亜さんは?」

「わ、私まだ未設定で、『美亜』でお願いします」

「わかりました美亜さ「『美亜』です」

「……美亜さ「『美亜』です」

「……じゃあやりましょうか…………み、美亜」

「はい!」


 お互いにデバイスを取り出して対戦申し込みをする。ステージ名は……空山高校?

 首をかしげていると美亜さ……美亜が話しかけてきた。


「あ、あのいいですか?」

「なんでしょう?」

「私が買ったら、あの、勝てたらですけど!……武田くんのこと、翔くんって呼んでもいいですか?」

「え?ええ、好きに呼んでくれて構いませんけど……そうだ、それなら俺が勝ったら美亜さ、美亜のプレイヤーネームを俺がつけてもいいですか?よかったらですけど」

「!……はい!お願いします!」


 美亜さんが満面の笑みを浮かべる。その次の瞬間、げーむが始まった。


 眩い光に包まれた後、あたりを見渡す。俺が体育館裏から教室前の廊下に移動していたため、変位次元ぽんヌルぶカ・ディメンジョンに移動したのはわかる。だがあたりをどうみてもこのステージは俺たちの通う空山高校そのままだった。しかし人の気配が全くない。


 そういや実況解説のアイモアさんマイモアさんもいないようだ。放送が流れない。気になってデバイスを見ると、アイモアさんのデフォルメ顔と共に、このような表示がされていた。


『今回のげーむは現実世界の方に変位次元を動かす仕様になっています。ちなみに私たちの解説実況がつくのは私たちがヒマかつ面白くなりそうな試合のみとなっています。ごめんね〜』


 ……なるほど、まあ別に解説実況はそれほど求めてなかったんだけど。ともかくステージは空山高校そのままと捉えていいらしい。


 さあ試合だ試合だ。美亜さんはいったいどこへいるのやら、先に見つければ不意打ちが行えるかもしれない。


 その時、窓の外、化学実験室のある棟に灯りがついているのが見えた。隠れているのか美亜さんの姿は見えなかったが。


「なるほど、美亜さんはそこか」


 渡り廊下を通って化学実験室へ向かう。廊下に美亜さんの姿はなかった。こっそりの実験室内を覗き込む。


「美亜さんの姿は無し、ええと見えるのは……餅?」


 餅が実験器具を用いて焼かれていた。三脚台のうえに金網が乗せられ、ガスバーナーで餅が焼かれていたのだ。


「化学実験室の器具はどんな薬品がついてるかわからないってのに……いやここは変位次元の化学実験室だからいいのか?」


 金網の餅のへばり付き具合をみるにすでに一つ焼かれた後のようだ。


「すでに一つ食べているのか」


 いくらお餅大好きとはいえ、ただ食べるためだけに悠長にお餅を焼いていたとは思えない。おそらく何か変能アビリティと関係があるはずだ。


「まずは彼女の変能を暴くことからだな。だけど……」


 目の前のもっちもちの餅を見て、思わずよだれがでてくる。ここは一つ、彼女のリソースを奪うためにもお餅をいただいておくとしよう。


 だが食べはしない。毒か何かが入っているかもしれないからだ。何かに包んで試合後に食べよう。あたりのトラップに注意しつつ、手を伸ばして餅を掴む。そして餅を取り上げ──


 られなかった。


「な!?」


 餅がとんでもない粘着力を持っており、網から剥がせなかったのだ。それだけではない。くっついた手からも引き剥がすことができない。


「いけませんね。人の焼いたお餅を取るなんて、言うなればカップ麺が出来上がるまで3分きちんとまってた人から、出来上がってすぐのラーメンを奪い取るような所業ですよ」


 次の瞬間、掃除用具入れから美亜さんが飛び出してきた。だがその速度が尋常じゃない。そしてまっすぐこっちに向かってきているのだ。


「な、なんて力持ちななんだ!」


 餅を凍らせてなんとかできないかと、『凍るど冗句』を発動させる。するとあれほどあった粘着力が瞬時にしてなくなり、俺は勢い余って後ろに倒れた。だがそのおかげで美亜さんの突進を避けることができた。


 ──戦慄したのはその後だ。


 美亜さんは勢い余って教室の壁に激突した。そしてなんと隣の教室まで移動したのだ。それにもかかわらず美亜さんには傷一つついた様子がない。


「……理解してきたよ。美亜さ……美亜の変能」


 そう、まず一つ、焼いたお餅に強靭な粘着力を与える能力、そしてもう一つ、餅を食することで筋力を格段に高める能力なのだ。


 おそらく彼女の作戦はこうだ。まず餅を食べ筋力を高めた後、餅をもう一つ置いて放置してしておく。そしてもう一つの餅は高い粘着力でトラップとなり動けなくなったところを、強靭なパワーで叩く。


 流石、花香さんの従姉妹だけあって高い戦闘センスを持っている。


「私も掴めましたよ。武田くんの能力を、あの時急に餅の粘着力がなくなったのは餅のデンプンがαデンプンからβデンプンに変わってしまったため。そしてこの変化には冷却の過程が必要となります。つまり武田くんの変能はダジャレによって物の温度を下げる能力、どうです?あってます?」


「……せっかくだから能力名まで言っちゃおう。この変能の名は『凍るど冗句コールド・ジョーク』、さて、君の能力名のなんとなく予想できそうなんだけど」

「それじゃあ一緒にせーので言います?せーの」


「『力餅』」


 二人の言葉が重なる。お互いにお互いの能力を暴き合った、これからが真の勝負。


「この勝負、俺が」

「この試合、私が」


 ──勝つ!

 二人の叫びが空山高校に響き渡った。


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こんな異能バトルで"いーのー"ですか!? ヒトデマン @Gazermen

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