第5話 父はゆるキャラ

 晴天の空の下、それを鏡のように映す塩湖の上で俺と霧吹きジャックは睨み合っていた。


「俺の生み出す霧を攻略したのは褒めてやろう。だが、武器えものも持たない貴様がどうやって俺と戦うつもりだ?もとより貴様に勝ちの芽はない!」


 そう言ってヤツは、両手のペーパーナイフを構えながらこちらに突進してくる。たしかに、武器の一つでも用意しておくべきだったかもしれない。だが、


 


「ああ、認めるよ。敗北負けですってね!」


 その言葉とともに塩湖に手を突っ込む。


(集中しろ、凍結に指向性を持たせるんだ)


 そしてヤツが斬りかかる寸前、俺はその武器を塩湖から取り出した。


「これは……剣!?」


 互いの武器がぶつかりあい甲高い音が響く。


『ジョーカー選手!変能で氷の剣を作り出しました!』

『凍った刀……名付けるなら、そう、凍刀TOTOでしょう』


 トイレかよ。ていうか勝手に名付けないで欲しい。


「いやいや!そこは刀剣とかけて凍剣だろう!」


 なぜか霧吹きジャックが突っ込んでくれた。服装とかのセンスを見るに、そういうのにこだわりが強い人なんだろう。


「なあアンタ、なんで俺の『ぽンヌるぶカ・げーむ』への参加をやめさせようとするんだ?……アンタの剣からは、悪意は感じられない」

「え?なんだお前剣技で相手の思いがわかるとかそういうのがあるのか?」

「いや、ないけどなんとなく。雰囲気から」

「……おい」


 仮面で相手の顔は見えないが呆れているんだろうなというのは察しがつく。


「貴様に話すことは何もない。俺の要求はただ一つ、このげーむをやめろということだけだ!」


 つばぜり合っていた俺の凍剣にヒビが入る。やはり強度が足りないか、そしてヤツが腕に力を込めた瞬間、俺は


 


「な!?」


 凍剣が水に戻り、体重をかけていた霧吹きジャックは前につんのめりになった。そして俺はヤツの脇をすり抜けて後方へ走る。目指すはヤツがだ。


「姑息な真似を!」


 霧吹きジャックはそのまま倒れ切ることなく体勢を立て直すと、俺の後を追って走ってきた。そうだ、こっちへ来い。


「スケートリンクが俺のだ!」


 走りながら塩湖に指を当て、後方を凍らせる。


『辺り一面がスケートリンクのように!これはツルツル滑ること間違いなしだー!』

『あの速度でコケたら痛そうですね』


 だが霧吹きジャックは、凍った領域に入る直前で高く跳躍した。


「滑るのはお前のギャグだけで十分だ!」


 そして空中でペーパーナイフを構える。


「霧刻む」


 だが俺は待っていたんだ。お前が逃げ場のない空中に出るのを。おれは隠し持っていたを霧吹きジャックに突きつけた。


「な!?貴様それは!」


「お前が落とした霧吹きだよ!」


 俺は霧吹きの容器部分に手を添え、静かにレバーを引いた。ヤツの変能によって、濃霧を生み出すほどの力のある霧吹きだ。外套を脱いだお前に、耐える術はない。


「変能の解除を!」

「遅い!お前、霧の扱い方るでぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


 霧吹きから飛び出した濃霧が、暴風雪ブリザードとなって霧吹きジャックに襲いかかった。


「言っておくぜ。俺のギャグは滑るんじゃない。んだよ」


 *


『勝者!ジョーカー!』


「俺の勝ちだな、ジャック」


 カチコチに凍った霧吹きジャックの前で俺はそう宣言する。そうだ、結局なんで俺にげーむをやめさせようとしたのか尋ねなければ、俺は顔の凍結だけを部分的に解除した。


「くっ、殺せ!」


 解除して早々そんなことをいうジャック。


「いやそんな女騎士みたいに言われても、喋らなかったらお前の仮面を引っ剥がして、素顔を白日のもとに晒してやるぞ?」


「あれは半年前のことだった──」


 話が早くて助かる。そして半年前か、も丁度半年前だったな。


 今でも鮮明に思い出す、父さんがになって帰ってきたあの日のことを。


 *


「遅いな父さん、新しくダジャレを100つ考えたから聞いてもらいたいのに」


 珍しく父の帰りが遅い夜だった。連絡もないので心配していたそのとき、玄関のチャイムが鳴った。


「お帰り父さん!」


 そう言って玄関を開ける、そこに立っていたのは、


 虎のような一頭身のゆるキャラだった。


「た、ただいま」


 不安げにそのゆるキャラが声を発する。あらゆる思考を放り投げて俺はただ一つの疑問をぶつけた。


「その声は、我が父、武田純一郎ではないか?」

「如何にも自分は武田の純一郎である」


 やはり父さんだったようだ。この流れでそのやりとりが出来るのは父さんしかいない。しかし何故こんな姿に。


「どうしたの父さん、臆病な自尊心と尊大な羞恥心に飲み込まれてしまったの?」

「悪いけどその理由を話すことは出来ないんだ。でも大丈夫、暮らしていくぶんには問題ないから」


 あの日以来、俺と父さんの関係はギクシャクしたままだ、家族である俺にも、何にも詳細を教えてくれなかったし、なにより、父さんはあの日から笑ってくれなくなった。笑い声は出せるみたいだけど、あのゆるキャラの顔のまま、笑顔を作れなくなってしまった。


 *


「つまり父さんのゆるキャラ化の原因にこの『ぽンヌるぶカ・げーむ』が関わって、その詳細を伝えずに俺をげーむから引き離したくてこんなことをしたってことか?」


 霧吹きジャックは静かにうなずき、話し続けた。


「俺とお前の父親はげーむ仲間でね。純一郎に頼まれたのさ、『俺と同じ目に合わせないようにしてくれ』ってな」

「父さんと同じ目……子供たちに人気になったり、女子高生に一緒に写真撮られるよう頼まれたりとか?」

「あいつそんなんになってたのかよ羨ましい!」


 その時一つ疑問が浮かんだ。


「ていうかアイモアさんやマイモアさんに相談してないのか?ゆるキャラになっちゃって戻らないんですけど〜って」


 するとジャックさんはしばらく押し黙った後、ポツポツと話始めた。


「ユーモア三姉妹はこの『ぽンヌるぶカ・げーむ』の運営ではあるが、変位次元ぽンヌるぶカディメンジョンの支配者ではない」

「……どゆこと?」

「『ぽンヌるぶカ・げーむ』の舞台となるステージには、彼女らすら知らない秘密があるということだ」

「そんなことが!?……ありそうだなアイモアさんとかなら」


「そして逆に運営以上に変位次元ぽンヌるぶカディメンジョンのことを知り尽くしているプレイヤーもごくわずかだが存在する。お前の父はそのプレイヤーがステージギミックを利用したことによってゆるキャラ化したのだ。変能力者による効果ならば、現実世界に戻るときにリセットされるはずだからな」

「つまり父さんを元に戻すにはそのプレイヤーを見つけ出すしかないと?」

「あるいは自力でゆるキャラ解除の方法を見つけ出すかだな」


「……ジャックさんはもしかして今までその解除の方法を探してくれていたのか?」

「片手間にな。別にすぐ死ぬってわけでも無さそうだし……だが、あいつはあれ以来『ぽンヌるぶカ・げーむ』に参加しなくなっちまった。もしその原因がゆるキャラ化にあるんだったら、それを治してやりてぇ」


 父さんにここまでのことをしてくれる人がいるということに、なんだか誇らしげな気分を感じる。


「なあ翔……じゃなくてジョーカー、おまえこれからも『ぽンヌるぶカ・げーむ』を続ける気か?」

「……ああ、俺はこのげーむ、止めるつもりはない」

「もしかしてそれは……」


 そう、それはもちろん。


「優勝すると賞金10万円に副賞として電動自転車が

 ついてくるんだからな!」


「……え!?親父のゆるキャラ化の解除は!?」

「片手間でいいかなって。俺としてはゆるキャラ化の理由が知れただけで満足だし」

「言っとくがなぁ。優勝を狙うのは茨の道だぞ。このげーむのランカーは金目当てじゃなく、純粋に自分の実力を高めたいってヤツばっかりだからな」


 確かに、お金だけが目当てならげーむやってる時間でバイトした方がいいものな。


「……まあ、優勝目指して戦っていくうちにゆるキャラ化について知ってるプレイヤーと出会うかもな。……そういうところ、お前の父親に似てるよ」


『帰還の準備が出来ましたー!これより移動を始めまーす!』


 アナウンスが鳴り響く。最後に、俺はジャックさんにそっと手を差し出した。


「……頑張れよ!ジョーカー!純一郎によろしくな!」


 ジャックさんも手を差し出して握手を返してくれた。こうして、霧吹きジャックとの戦いは俺の勝利に終わった。

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