第4話 霧吹きジャック

 『ジョーカーさんに対戦申しこみを行いました』


 デバイスの表示を見て、男は一人呟く。


「武田純一郎の息子……武田翔太郎。お前にこの『ぽンヌるぶカ・げーむ』を続けさせるわけにはいかない」


 ゆるい作品に似つかわしくないシリアスなストーリーが始まる。



 かもしれない。


 *



「今回のステージは……なんだここ」


 俺が立っている場所、それはどこまでも続く青い空と、それを鏡のように映す果てのない湖のステージだった。


「あ、これアニメのOPでよく見るやつだ」


『さあ始まりましたぽンヌるぶカ・げーむ!今回の試合の舞台は延々塩湖です!』

『ジョーカー選手対霧吹きジャック選手の戦いとなります。遮蔽物などがなく互いに相手の姿が丸見えになるのが特徴のこのステージ、果たしていったいどのような試合展開になるのでしょうか』


 俺は目を見開いて対戦相手の姿を見る。黒色の外套を身にまとい顔を仮面で隠している。霧吹きジャックは切り裂きジャックから来ているのだろうか、漫画などで見る切り裂きジャックのイメージまんまの姿をしている。


「こんにちは!ジョーカーと申します!よろしくお願いします!」


 俺は元気よく挨拶するが返事は帰ってこない。もやもやっとした気分になっていると、相手が口を開いた。


「お前……武田純一郎の息子、武田翔太朗だな?」

「……違いますけどぉ?」

「……はぁ!?」


 すっとぼけてみる。


 こういうのは関わるとたいていろくでもないはめになるのだ。の名前が出ているとさらにだ。だが何のために俺に接触してきたのかは気になる。このげーむに参加しているということはこの人も変能アビリティをもっているのだろうか。


「シラを切るつもりか……まあいい。翔太朗、俺はお前を全力で叩き潰す。この『ぽンヌるぶカ・げーむ』がイヤになるくらいな」

「……」

「そんなことできるのか?と思っていそうな顔だな。簡単だぞ?どんなゲームでもそうだが、初心者が上級者に手も足もでず、一方的に煽られ、ボコられ、負ければどんな人間ももう二度とそんなゲームはやりたくなくなってしまう。同じようなことをお前にするのだ」


『あー、でたでた。いるんですよねこういう初心者狩りの輩。ゲーム人口が減るんでやめてほしいんですが』

『負けるなー!翔ー!逆にコテンパンにしてやれー!』


「お前……やはり武田翔太朗だったか」


 言っちゃったよオイ。


「まあいいや……もっとも、俺も黙ってボコされるつもりはないんでね。返り討ちにしてやる!」


 その次の瞬間だった。霧吹きジャックの両手の裾から勢いよく大量の霧が噴き出してきたのだ。


『なんだあー!?辺りが霧に包まれてしまいました!私たちにも見えないので実況解説ができませーん!』

『役目がなくてヒマになりそうなので席を外しますね』


「な……前が見えない!」


 辺りを濃霧が包んでいた。その瞬間、脳内に霧に紛れて人を襲う切り裂きジャックの姿が想起される。


「ここから離れなければ!」


 ヤツもこの濃霧で俺の姿が見えなくなっているはずだ。ならば音を殺して元いた場所から移動すれば攻撃されない。


 はずだった。


「霧刻む」


 霧吹きジャックの一撃が、俺の左手の小指を吹き飛ばしていた。


「今のはあえて外した。そうでなくてはお前をいたぶれないからな」


 霧吹きジャックが、俺の目の前に姿を現す。


「!?……塩湖でエンコ!」


 ※エンコ 指詰めとも、暴力団などにおいて小指や薬指を切り落として謝罪の意思表示をすること。


 接近していた霧吹きジャックに対し、俺は『凍るど冗句コールド・ジョーク』を発動させながら足で水しぶきを蹴り上げる。切られたのが小指だったのでうまいことダジャレにつなげることができた。空中で氷となったつぶてが霧吹きジャックの外套に直撃する。


「そんなダサイ外套ー!?どのオシャレのカテゴリにもしてないぜ!」


 氷がくっついている状態でさらにダジャレを叫ぶ。二連コンボだ!これでヤツの全身を凍らせられるはず。


「ダサイ……だと?」


 その直後、ヤツは俺の言葉に反応してピタリと動きを止める。


「それはお前のセンスのほうがおかしいんだあああああああああ!!!!!!」


 次の瞬間、霧吹きジャックは黒い外套を脱いでこちらに向けて投げてきた。ヤツの何かの逆鱗に触れてしまったようだ。外套を脱いだので凍結が体まで至らない。ヤツはすでに俺の変能の特性を見切っていたのか。飛んできた外套を手で払いつつ、服を脱いだヤツの姿を見る。


「……なるほど、霧吹きジャックの由来はそれか」


 次第に霧が晴れていく、このステージは晴天だから霧が水蒸気に変化したのだろう。外套の下の姿が露わになる、その男の両手には──霧吹きが握られていた。


『ようやく霧が晴れました!実況解説が再開できます!マイモア!早く戻ってらっしゃーい!』

『ようやくですか?……えー解説のマイモアです。これから解説を行っていこうと思います』


「冥土の土産に俺の変能を教えてやろう。──『霧霧舞い』、霧吹きから濃霧を生み出すというものだ」


 花香さんの『即席爆弾インスタントボム』のように、何かを要因として霧を発生させていたなら、その元がなくなるまで逃げ続けようと思っていたが、発生源が霧吹きとなるとそれはできなさそうだ。なにせここは塩湖、水ならそこら中にある。


「お前の能力は寒いダジャレで温度を下げる変能のようだな翔太朗。おまけに凝固点降下の起きている塩水でもなんなく凍らせるパワーも持っている」

「『凍るど冗句コールド・ジョーク』と名付けたんだ。イカすだろ?」

「ああ、だがもうその名前を呼ぶことはない」


 ヤツが再び霧吹きを用いて霧を噴き出した。辺り一面を濃霧が包む。


「これがお前の、最後の『ぽンヌるぶカ・げーむ』になるからだ!」


『うわーん!またまた見えなくなってしまいましたぁ!この実況者泣かせの変能め!』

『こうなりゃエア解説でもしますか。……おおっとジョーカー選手、ジャック選手の霧吹きを凍らせたー。ジャック選手、対抗して凍った霧吹きで殴り掛かっていますー』


 さすがに適当がすぎる。


 実際のところどうしているかというと、俺は必死でヤツの攻撃を避けていた……いや、正確には避けられていない。ヤツがいたぶるかのように、俺の体を攻撃しているのだ。おまけにヤツの一瞬切ってすぐ離れるヒットアンドアウェイ戦法でまともに反撃ができない。


「クソ!クソ!うんち!」


 苛立ちが最高潮に達する。これがヤツの狙いなのだろう。俺がこのげーむにもう参加したくならないようにさせる。徹底的な舐めプ戦法だ。


「はい雑~魚~、雑魚雑魚雑~魚~、こんなげーむにまじになっちゃってどうするの」


 煽りまで追加してきやがった。見えてないけどあいつ屈伸もしてるような気がする。


「げーむもそろそろ終わりだ!屈辱と共に沈め!」


 ヤツがとどめの宣言をする。だがそれはブラフかもしれない。俺に頭や胸を守らせておいて無関係の部位を攻撃し、さらに俺の精神を逆撫でさせるつもりかもしれない。


 だがそんなことよりも、一つ疑問に思ったことがある。


 なぜヤツはこの霧の中で俺の居場所を把握できたんだ?

 音の発する音からか?だが俺は基本音を殺していたし、音だけであまり正確な位置が把握できるとは思えない。辺りではいつも水音がなっていたからだ。

 ヤツだけこの霧の中でも見えるとか、あの仮面がサーモセンサーとかだったらまったくもって無意味な思考だ。だが考えてみる価値はある。


 ──頭を冷やして考えろ。


「……あ、みなを見ろ。」


 霧吹きジャックが俺にとどめを刺すために迫ってくる。


「霧刻む!」


 そして霧吹きジャックの一撃は──


 


「な!?」


 ヤツの動揺した声が聞こえる。どうやら俺の考えは当たっていたらしい。


「この濃い霧の中、見えるのは自分の体、そしてだけだ。そしてこの塩湖のステージ、水面には波紋が発生する。波紋の発生源となるのはアンタと俺だけ、アンタは伝わってくる波紋を読んで俺の位置を逆算したんだ」

「……ちぃ!」

「そして俺は足元を凍らせて波紋の発生を抑え、位置を偽装したんだ。……もう霧に紛れて攻撃はできないぜ!霧吹きジャック!」


 徐々に霧が晴れていき、再びヤツの姿が見えるようになった。だがその両手にあったのは霧吹きではなくペーパーナイフであった。足元には空の霧吹きが転がっていた。


「なるほどそれがお前の武器……ってちょっと待って?ペーパーナイフ?」


『実はこのぽンヌるぶカ・げーむ、ペーパーナイフ程度のものでもしっかり武器として効果を持つようになっているんです!』

『普通のナイフしかダメってなると選手が銃刀法違反で捕まっちゃうかもですからね』


「なあに問題はない。現実だと紙しか切れないが、この『変位次元ぽンヌるぶカ・ディメンジョン』ならばをも切り裂く刃となる。……神と戦ったことは無いがね」

「戦っても勝てないだろ。神どころか人間である俺に負けるんだからな。これから」

「……霧を攻略できたからこの俺に勝てるとでも?」


 霧吹きジャックがペーパーナイフを逆手にもって両手を交差させる。


「霧刻んでやる!武田翔太朗!」

「凍てつかせてやるぜ!霧吹きジャック!」


 ……本名で呼ぶなよ!

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