第三章  お見合いという名の修羅場

3-1 イベンター仲間

 歌恋がイベンターだと発覚したあの日から、何かが弾けたように学校で普通に話すようになった。二人きりと言うよりも、理人にも事情を説明したから三人で集まることが多い。休み時間や放課後に自然と目が合って会話が弾む。そんな感じだ。


 学校での歌恋はとても生き生きしていた。相変わらず友達の奏多以外には敬語だし、礼儀正しい。でも、休み時間まで勉強をしてしまうような真面目すぎる彼女はもういなかった。奏多と喋ったり、武蔵達と喋ったり……まぁ主にお喋りなのだが、それでも机に向かっていた頃とは大違いだ。歌恋が楽しそうにしているから、武蔵はとても嬉しい。しかし、胸に引っかかることもあった。


(同性のイベンター仲間がいたら、もっと良いんだけどな)


 ――ということだ。


 歌恋は、いつか奏多に自分の趣味を打ち明けたいと言っている。でも、もしも奏多が歌恋の趣味を受け入れたとしても、奏多がイベンターになる可能性は低いだろう。憶測でしかないが、彼女はオタクとはかけ離れたところにいるのだ。

 奏多のことを、歌恋は大切な友達だと言っている。けれど、イベンター仲間にはきっとなれない。だから武蔵は思うのだ。

 今まで一人で抱えていた分、歌恋には幸せになって欲しい。趣味を解き放った歌恋の笑顔はとても自然だ。きっと、同性だったらもっと遠慮とかがなくなるだろう。



「えっ! 呉崎さんの妹さん……ですか?」


 ある日の放課後、武蔵は思い切って林檎のことを話してみた。

 薫は先輩だし学校が違うしで難しいかも知れない。でも、林檎なら後輩だし同じ学校だしで話しやすいかも知れないと思ったのだ。

 まぁ、よーく考えてみると二人は恋のライバル的な存在だ。そんな二人を会わせるどころか友達にしようとしている――と考えると自分はどうかしていると思う。でもこれは、歌恋だけのためではないのだ。

 林檎も林檎で、家族や武蔵以外にライブに行く友達がいない。強いて言えば薫がいるが、たまに顔を合わせる程度だ。林檎が唯一敬語で話すのが薫で、ぶっちゃけ距離感は微妙と言って良いだろう。とてもじゃないが、仲が良いとは言い難い。

 だから林檎も、実は結構孤独だったりする。しかし、あの性格だから学校では目立つ方だ。演劇部にも入って早速活躍しているらしい(主に衣装作りで、だが)。でも、「友達できない。オタクっぽい人いない」と入学当初はぼやいていたのを覚えている。


 つまり、これはチャンスなのだ。

 歌恋にとっても、林檎にとっても。イベンターの友達ができるかも知れないチャンスが訪れた。だから今は、ライバル云々は目を瞑る。

 二人のために、行動すべきだと思うのだ。


「妹さんは、イベンター……なんですか?」

「ああ、もちろんだ。あいつはムーンちゃんガチ勢だぞ」

「はああぁ……。それはそれは……一刻も早くお話ししてみたいです……!」


 歌恋はかなり食い付いていた。

 翡翠色の瞳をキラキラと輝かせ、早くも「女の子のイベンター仲間までできてしまうんですかぁ!」という希望に溢れた表情をしていた。


 残る問題は林檎だ。林檎は歌恋を「ライバル」として認識している。友達になりたいといきなり言われても拒否される可能性が高いと思った。実際、理人が訊ねると「は? やだよ」と即答されてしまったらしい。そりゃあそうだ。

 断られてしまった仕方がない。歌恋と林檎を友達にしよう作戦は失敗に終わってしまったという訳だ。――と、思っていたのだが、試しに武蔵が話してみると林檎の態度が変わった。


「まぁ、的井先輩が言うなら……。会ってあげても良いよ?」


 とのこと。それでも渋々という様子ではあったが、とにかく良かった。理人が「何で武蔵が言うと意見が変わるんだろうね……」と落ち込んだ様子だったため、「シスコンを治せば良いんじゃないか?」とアドバイスをする武蔵だった。



 何はともあれ、準備は整った。

 同じ学校ではあるものの、歌恋と林檎は学年が違う。どこかですれ違った可能性はあるがほぼほぼ初対面だ。いきなり休日にじっくり会うよりも、放課後にちらっと会うくらいが良いという話になった。


「いくちゃん、一緒に帰ろー」


 こうして、歌恋と林檎が対面する日の放課後が訪れる。

 歌恋はいつも通り、友達の奏多に声をかけられた。胡桃色のハーフツインテールで、背は低め。猫目でよく笑う奏多は、小動物のような愛らしさがある。……と、男子の間で囁かれているらしい。確かに可愛らしいと武蔵も思うが、容姿が完璧すぎて逆に近寄りがたいと前々から思っている。


「あっ、ごめんね奏ちゃん。今日は用事があって……」


 両手を合わせて誘いを断る歌恋に、奏多は少しの沈黙のあとに「ふぅん」と呟く。


「最近、呉崎くん達と仲が良いんだね?」

「えっ? えーっと……い、言われてみれば最近よく話すかも……なんて。えへへ」


 正直、奏多と話している歌恋の様子は違和感の塊だ。ため口なのもそうだが、「えへへ」のあとに「へーい」を付けないのも衝撃的だった。同性の前だとあざとくても構わない、ということなのだろうか。


「もしかして、ついにいくちゃんにもモテ期が到来したってことかな~? うりうり~、正直に言いなよ~」

「えええっ? な、何言ってるの奏ちゃん! もう、また明日ねっ」


 人差し指で頬っぺたをぐりぐりしてくる奏多から必死に逃げて、歌恋は手を振って強制的に話題を切り上げる。


「わかったわかった。……また明日ね、いくちゃん」

「うう……納得してない感じだなぁ。またね、奏ちゃん」


 手を振り合う二人の様子を、武蔵は微妙な気持ちで見つめる。

 非常に微笑ましい光景だが、武蔵は密かに「モテ期」というワードにぐさりときていた。むしろモテ期なのは自分の方、という現実が襲ってきてしまい、思わず苦い顔になってしまう。


「……ん、どうしたんだ理人」


 すると、理人が妙に真面目な表情をしていることに気が付いた。視線の先は、諦めて教室を去っていく奏多の後ろ姿だった。


「ああいや、何でもないよ。それより林檎が待ってるだろうから、一年の教室に……」

「まさかお前、京堂さんのこと……」


 無意識に、思ったことがポロリと出てしまった。

 普段はわりと穏やかなはずの理人の視線が鋭くなる。


「武蔵さぁ。いくら自分の恋愛が充実してるからって、僕までその恋愛脳に巻き込もうとするのはやめてくれないかなぁ」

「……わ、悪い。いやホント……悪かった」


 理人はこの状況を楽しんでいるのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。そういえば理人は、容姿端麗なくせして浮いた話を聞いたことがない気がする。まぁ、理由はだいたいシスコンだからだろうが。

 だったらシスコンを治せば良いのにと思ったが、それはもう何回も何回も言っているので今回は言うのをやめておいた。


「僕だって最近は治そうと意識はしてるんだよ」

「俺は何も言ってないんだが」

「言わなくても顔がそう言ってるんだよ。でも仕方ないだろ? 林檎は可愛いんだから……って、あ」


 このまま妹自慢が始まるのかと身構えていると、理人は携帯電話を見つめたまま動きを止めた。だんだんと表情は気まずそうに歪み、やがて歌恋に向かって頭を下げる。


「ごめん、育田さん。林檎のやつ、急遽部活に出ろって言われちゃったみたいで」

「あ、そうなんですか……」


 歌恋の顔が露骨に寂しそうになった。眉をハの字にしてしょんぼりしながら「仕方ないですよね」と呟く。


「大丈夫だよ、別に今日会えないって訳じゃない。育田さん、時間大丈夫かな? 僕らの家で待ってて欲しいって林檎は言ってるんだけど」


 そんな歌恋に理人は優しく微笑んでみせる。本当にシスコンさえなければ完璧な男だ、とひっそり思う武蔵だった。


「呉崎さんのお家……ですか?」

「うん。もちろん、林檎が帰ってくるまで僕と二人きりじゃ気まずいだろうから、武蔵にもついて来てもらうよ」


 理人は「良いよね?」という視線を武蔵にぶつけてくる。


「ああ、良いぞ。林檎ちゃんが帰ってくるまで、ライブBD鑑賞会でもするか」


 と、武蔵は即答した。別に嫉妬している訳ではないが、歌恋と理人が二人きりという状況はなんとなく嫌だと感じた。

 歌恋はほっとした顔を見せる。


「わぁ、それは楽しそうですね! 行きましょう行きましょう!」


 ほっとした、というよりも花が咲いたくらいの清々しい笑顔と言った方が正しいのかも知れない。きっと歌恋は「ライブBD鑑賞会」に食い付いたのだろう。イベンター仲間がいなかった歌恋にとって、誰かとライブBDを観るだけでとても楽しいイベントなのだろう。確か呉崎家には相間伊月とASAnASAのライブBDがあったはずだ。どちらを観ようかと密かに悩み始める武蔵だった。

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