第2話 図書室ランデブー②
「お姉ちゃんタイヘンーっ!」
「なによ、騒がしいわね」
ドッタンバッタン、と階段を上がってきたと思ったら、唐突に妹のろくなが私の部屋に入ってきて大声をあげた。普段、ろくなは不登校気味の陰キャラなので大きな声は出さないのだけど……虫でも出た? でも虫なら弟に声をかけるはずなので、違う用事でしょう。
ろくなははあ、はあ、と息を切らしながら、途切れ途切れに説明する。
「なんか……お姉ちゃんの友達? が家の前からどいてくれなくて……家の前っていうかもう玄関に勝手に入ってきちゃって……話が通じなくて困ってるの」
「はぁ? トモダチぃ?」
「うん、お姉ちゃんに友達なんていないからおかしいなーって思ったんだけど……」
「口には気を付けることね」
至極失礼なことを言われたので、殴りました。ボカッ。「いだぁ!?」情けない声を上げたろくなは怯えるように私と距離を取った。
「あぁっごめん、殴らないで……って、こんなことしてるバヤイじゃないんだよぅ! とにかく、玄関まで来て! 応対して!」
はぁ~~~、めんどくせ……。いま掲示板でレスバしてる最中で忙しいっていうのに……。
(まてよ、私の家まで押しかけてくる……友達を自称する……これはもしや、私の熱狂的なファンかもしれない)
その可能性に気付いて、ちょっとだけ心が浮足立った。
私はロリィタ雑誌で読者モデルをしているくらいの、ちょっとした有名人なので……自宅に信者が押しかけてくるなんてこと、あり得るのでは?
急に、パソコンの向こうのアンチスレの住人が色あせていった。
やっぱり、わたくしは、間違っていないのだわ。
ほぅらやっぱり、わたくしは美しくて、恵まれている存在なのだわ。ふっふっふ……。
「いいでしょう、応対しましょう」
「おっその気になった!? はやくはやく!」
「その前にお着換えして、お化粧をしなくては……」
「不審者を前にしておめかししてどうすんだよぅ!?」
「うるせ! わたくしを誰だと思ってんのよ!? あのスーパー新人ルーキー読者モデルの佐々森めいり様よ!」
「自己評価が高すぎる!」
ろくなが急かすので、猛スピードで化粧を直して佐々森めいりにふさわしい部屋着(風の、小奇麗な服)に着替え、階段を降りた。
「どちら様ですの?(裏声)」
しゃなりしゃなりと降り立った、私はまさしく天使。美少女のありのままの姿がここに。これならファンも卒倒しちゃうだろうな、完璧すぎて。
穏やかな笑顔を湛えて、私は玄関を開けた。
「めいりどの~~~! このたまみ、助けに参上いたしました!」
だれ?
「…………ほほほ」
「ほほほじゃねーよお姉ちゃん! この人だよ、なんか知らないけどお姉ちゃんを助けにきた騎士だとかなんとか言って、帰ってくれないんだよぅ!」
おほん……これはこれは、熱烈な信者が来てしまった。
「あの……もし、あなた。わたくしの住所はどこで知ったのかしら? 一応、事務所を通してアポを取ってもらわないと困るのだけれど……」
「ほ? 事務所? たまみは連絡網があるので心配はご無用ですぞ!」
「いや心配とかしてないですし……………え? 連絡網? いま、なんて?」
「心配はご無用ですぞ、めいりどの! お優しい気持ちだけでたくさんです!」
「そこじゃねぇよ、もっと大事なこと言っただろ」
「あ、ご存じかとお思いですが、わたくしは金剛たまみ、と申します!!!」
「そこじゃねえーーー!!!!!」
というか、よく見たらコイツ、うちの学校の制服着てるじゃないか!?
はぁ~~~~~~~…………とクソデカい溜息をつく。なんだよ、私のファンじゃないのかよ。
がっかりして言葉を失った私を盾に、ろくなは
「お、お姉ちゃんはこの通りめちゃくちゃ元気なので、どうぞお帰りくださいっ!」
とこの不審者に告げた。
マジでこいつ誰だよ。うちの学校ってことは冷やかしか? 新手のいじめか?
影口には慣れてるけど、押しかけまでしてくるとはたまげたモンだ。
「いえ! たまみは姫の悲鳴を確かに聴きましたっ! これ以上姫様を閉じ込めるというなら強硬手段ですっ!」
「えええぇぇぇぇ~~~~???? やだもーこの人やばい人だよぉ~聴いちゃいけないもの受信しちゃってるタイプの人だよぉ~」
「いくら妹君の鹿菜殿といえど、ここは譲れませんぞ~~~!」
「な、なんでこの人わたしの名前知ってるの!!?? ちょっとお姉ちゃん! 放心してないで知り合いならなんとか言ってよぉ!」
「いや、私この人まったく知らない……」
「えぇっまさかの無関係!? さては……不審者!?」
「はっはっは。何を言いますか、鹿菜氏! たまみはめいり殿の忠実な騎士であります、決して不審者ではありませぬ……ささ、めいりどの、行きましょう!」
「あっ!? なんだおまえ、勝手に腕を引っ張るな……!」
困惑する私とろくなをよそに、たまみと名乗ったその女は私の腕を引っ張り、靴も履いていない私を連れ出そうとした。一気に身の危険を感じる。
「逃げるのであります! 騎士と姫の……逃避行であります!」
「なんだこの電波女ッ! なにが騎士だ、姫だ! 私は佐々森めいり様よッ!」
「お姉ちゃん、こんな時に名乗ってどうするの!?」
「ひめ……めいり殿、めいり殿のお耳を煩わせる声に耳を傾けなくても良いのですよ」
「は…………?」
「めいり殿はお優しいから、民衆のざわめきにも、耳をお貸ししてしまうのですね」
「そ、それってどういう……」
「手を取ってください、めいりどの。あなたの望む世界へ、たまみがお連れします!」
こいつは、なにをいっているんだ?
おかしい。
手を振りほどいて警察を呼ぶべきだ。
頭おかしい人なんだ。話は支離滅裂で、一方的な好意を私に向けているんだ。
たまみは呆れるほど澄んだ瞳を向けて、私の手を握った。その握られた手は、確かな温かさを持っていて、あぁこの人ただの人間なんだとぼやける頭に浮かんだ。
「全ての存在があなたを否定しても、わたくしがあなたを肯定します」
ぎゅ、と握られた手が、私とたまみを世界に存在させるように確かだった。
「あなた様を……救い出します」
は……? なんだコイツ、デンパ女かよ。
(…………っ)
このとき。わたくしはとても驚いたことに、彼女の恐ろしいほど澄んだ真っすぐな目に……言葉を失ってしまったのです。
恐怖が生まれるよりも先にただ茫然と、気が付けば見知らぬ少女に手を引かれ裸足のままにも関わらず夜道を走っておりました。
―――その後。
たまみを目撃していた近所の方や妹の通報によって駆け付けた警官たちに私たちは保護された。
『めいりどのがたすけをひつようとしていた』
『たまみはめいよにかけてひめをおすくいしなくてはならない』
……少女の戯言に、警官たちも困った顔を見合わせ、匙を投げた。
「君たち、同じ学校なんだよね。だったら話はそっちで……」
これが騒ぎの顛末である。
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