第16話 明かされる過去 弐

「まさか、妲己も功夫をやってたことは……」

 歴史書にあるイメージにはそぐわないとは思ったのだが、京の返答は早かった。

 どうやら、京は気分は持ち直したらしい。話に再び参加する。

「やってたみたい。で、功夫を教えてくれたけど、厳しかったな。私が錬師範に懐いてたのもあったけどね……」

「……なんつーか、国を乱した悪女って感じがしねェな」

 アイシャは歴史書とかけ離れた妲己の姿に頭を抱える。誘惑して国を乱したのだと思っていたからだ。

「自分もです。どちらかと言えば求道者のような印象を受けますね。とても邪仙とは思えないのですが」

 姜治の言う通り、仙人として当然のことをしているように見受けられた。

 とはいえ、政をないがしろにしている悪事には違いない。

「絡繰兵なんて物騒なモン連れてきて、西洋の列強と戦えって進言して時の帝をその気にさせたんだけどね……。で、それに反対したのが時の帝の弟で私の兄上でもある龍の一派」

「つまり我々でございますな」

 ヤンが自分たちのことだと手を上げた。

「で、私を王に据えようとしたんだけど、将軍と師範が気づいてすんでのところで助かったんだけどね……」

「妲己は時の帝を扇動するだけでなく、仙術ではなく策を用いて宦官どもを懐柔していたようでしてな。我々が反乱側となったわけでございます」

 これが絡繰兵による絡繰戦役の概要だった。

「そういや、絡繰兵って何なんだ?」

「元は古代の遺跡から発掘された人型兵器らしいのじゃが、よくわかっておらんのが実情じゃ」

 アイシャの疑問は当然と言える、この大陸の技術水準ではありえない人型兵器だ。優れた科学を取り入れた都でも解析は進んでおらず、現在も頭打ちの状態が続いている兵器だ。

「錬師範は、仙人の代わりじゃないかって推測してたけど」

「それって銀の水に関係が?」

 京の話を聞いてアイシャが指摘する。銀の水が仙人に至らせる効能があるというならば、それと関係があると疑うのは自然だろう。

「鋭いわね。剣やら銃やらに変形するのは銀の水を用いた宝貝の特性だからじゃないかって錬師範は言ってたわ」

「つまり、仙人の代わりの戦力ってのはあながち間違いじゃないってわけだな……」

 殷の時代は仙人が当たり前のようにいた時代だとされている。

 しかし殷が滅亡した際、妲己側も周側の仙人も戦乱により数は激減している。妲己が補充の利きやすい戦力として絡繰兵を発掘し、銀の水を用いて改良したのだと推測した。

「で、反乱は成功したんだよな。当然」

「辛うじてではありますが、勝ちました。時の帝と宦官どもは列強との戦争を扇動した罪で流罪。妲己だっきはあと一歩のところで追い詰めましたが、逃げてしまいました」

 勝ったとは言えなかったとヤンは言う。妲己を斃さない限りはまた戦争が起こるからだ。そして、京はまだ生きてる。

「だから。妲己が復活した時に備えて、その目をくらますために。錬師範の故郷、つまりここに逃げたわけね」

「……なんというか、ババアもつらい思いをしてここに逃げたんだな」

 身の上話を聞き、アイシャは京を慰めるために肩に手を置いた。

「みんな親切だったし。仙人の信仰が厚い土地だったせいか、私が老けない事も気にしなかったから、助かったわ」

「……そっか」

 アイシャの目から涙が零れていた。京と錬がここに来てしてきた苦労を偲んでいたのだろう。 

「絡繰兵がこの土地に多いのはそのためだったのですな……」

 京を探しての事だろうとは察しが付く、アイシャが潰した赤い絡繰兵もそうなのだろう。

 しかし、姜治はいい顔をしていない。治安を守るのは軍人の務めであり、その治安を乱す存在は看過できないのが感情というものだ。それを聞いたヤンは顔を曇らせ、


「そう、これは儂らのわがままじゃ。……確かに京様をここで殺めておれば、その転生を待つ間は安全だったかもしれぬ」


「……いえ、すみません。将軍からすれば、京殿は子供のようにかわいがっていた存在。……無理もありませぬか」

 失言であったと姜治は頭を下げた。

「しかし、軍人である以上、このような考えの者がいるということも考慮いただきたく存じます」

「……」

 京も反論の言葉が出なかったが、アイシャが机をドンと叩いた。


「過去から逃げてる場合じゃねェだろ?」


  

 


 

  

 

 



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