第15話 明かされる過去 壱

「その、復活した妲己の狙いがババア? ってどういう意味だ?」

「……」

 どうにも雰囲気が重苦しいが話さない、というわけにはいかなかった。

「まァ、妲己曰く。私は紂王が転生したって話らしいわ」

「紂王……、ねェ」

 紂王チュウオウ――妲己ダッキにより暴君に堕ちたとされる者なのだが、アイシャはポンと手を叩き、

「なるほど、納得するしかねェな……。こいつは」

「は?」

 京が白けた声を出し、アイシャを見る。アイシャは真剣な顔をしていただが、

「紂王ってアレだろ、手ェ早かったって話だし」

「手が早いって……」

 口にしたのは実にしょうもないことだった。紂王は酒池肉林という故事成語の元になった人物であり、酒と色に溺れてしまっていたというのだから。

「妲己がいうには、紂王は女だそうよ? 残ってた歴史書では男だって記されてたけど」

「へッ、隙あらば俺に触ろうとしてくるんだから男でも女でも関係ねェな」

 自分と紂王は性格も性別もまったく違うとでも言いたいのだが、アイシャは容赦なく切り捨てた。

 こう返されれば、京も反撃できないのだが、

「……」

「話を戻しましょうか」

 ヤンが助け船だという風に咳払いをする、話が脱線しているからだ。

「妲己曰く、紂王を永遠の王にするとかなんとか」

「永遠の王ですか?」

 姜治が京に質問をする。

「今でもよくわかんないんだけどね……」

 京はさっぱりだという顔をしていた。不老までは実現できたものの、いまだ不死は実現できていなかったからだ。

「ヤン将軍、後はお願いしてもいい?」

「わかりました、京様。ここからは儂が話しましょう」

 だからヤンが代わりに話すことにした。京は気分を悪くしたのか椅子に座ってしまう。京にとって過去の話は神経を摩耗させてしまうほどの事だったようだ。

「京様は時の帝の妹でしてな。当時は病弱であらせられました。それを見かねた儂は、極陽拳の師範であるレンを城に招き、功夫で体質を改善することにいたしました」

「病弱なのに、身体を鍛えるってそりゃまた荒療治だな……それ」

 ヤンの話にアイシャは肩をすくめていた。

「錬も昔は病弱でしてな。克服するために医学や薬膳を学んでおったのじゃ。功夫もその過程で習ったのじゃ。レンは人好きのする女でな、京様もよく懐いておられた」

「へェ……そいつがババアの師匠なのか。それで、改善できたんだよな」

 アイシャが京を見る。功夫を教える事ができるまでになっているのだから改善はできたはずだと。しかしそうではないとヤンは首を横に振り、

「確かに動けるまでにはなりましたが、激しい運動まではできないままでした」

「……なるほど。それに妲己が関わっていると、そういうことですか?」

「その通りじゃ」

 姜治の指摘にヤンが頷いた。


「妲己は銀の水を京様に飲ませたじゃ、薬湯に混ぜての」


「銀の水……ッ!」

 アイシャの顔が青くなる。銀の水――、絡繰兵の動力であり、構成素材にも用いられている化学物質だ。

「でも、銀の水って実際はただの毒なんだろ? 長寿の薬ってもてはやしたってあるけど」

 アイシャの言う通り古代王朝の皇帝が銀の水を探し出し飲んだ記録さえある。しかし、例外なく亡くなった。

「仙術を用いて銀の水を加工すると、飲んだものの肉体を仙人に疑似的に至らせる効果があり、それが長寿の薬とされた所以なのじゃよ」

「疑似的ってどういう意味だ?」

「気になりますな」

 疑似的という言葉が事情をまだ知らない二人には引っ掛かる。まるで紛い物であるかのような言い様だが。

「紛い物というより、進化の仕方の違いの様なのじゃ」

 それは天然の仙人がいるということを示していた。

「ってことは紂王にも飲ませたってことか……?」

 アイシャが恐る恐る訊ねる。京が紂王が転生した者だということは、同じ事をしたのだと察するのはたやすい。

「左様。そうなる前に、太公望が功夫を用いて紂王を滅し、妲己の魂を封じたのじゃがな。銀の水も今ほど精度の高いものではなかったらしいしの。……しかし、封印は封印でしかなったようじゃの」

「太公望って周の軍師のだろ? 功夫の達人だったのかよ……」 

 アイシャが驚きあきれた顔をしていた。太公望は軍師であり、前線に立って戦う人間ではないと知っていたのだから。まさに衝撃と言ったところだろう。

「歴史書には書かれてない事じゃからな。正直今でも奴の言葉が信じられぬ」

「俺が家で習った歴史と違うし、……ワケわかんねェ」

「自分もです」

 三者とも困惑していたのだった。

 

 



 

  

 

 



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