第10話 克己

溜衝撃斬リィウチョンジージャン――始動」

 赤い絡繰兵が巨大な青龍刀をを振り上げると、刀身がうっすらとした何か包まれる。

 ――まさか、《氣》!?

 ケイが山中で倒してきた絡繰兵からくりへいは《氣》を用いた技を使用しなかった。しかし、現実には目の前にいる絡繰兵は氣のようなものを用いている。

 絡繰兵の刀身が氣らしきによって膨れ上がり、それが勢いよく振り下ろされ、それに伴いすさまじい風圧が起こる。

「――ッッ!」

 京はすんでのところで斬撃をかわしたが、その絡繰兵の凄まじい背筋力は群生している竹林をあっさり切断してしまう。

 ――あの逃げた虎ちゃんのほうがすごくない……?

 京の額に冷や汗が流れた。

 あの赤い絡繰兵相手に怪我を負わされるだけで済んだ虎の方がよほど自分より強いのではないかと思わされる。

「!」

「回避行動確認」

 京が距離を取ると絡繰兵は青龍刀を変形させ、ボウガンのような形状に変えてきた。

 ――銀の水の力ってこと!?

 絡繰兵の燃料として使われている銀の水は液体金属としての一面もある。そういう機構がある可能性は予見はしていた。

「射撃開始」

 赤い絡繰兵は矢をボウガンに番え、発射する。

 しかし、京はそこに隙を見出していた。

 ――縮地脚スォディジャオッ!

 独特な脚運びにより、まるでコマ落としになった錯覚を相手に覚えさせる。

 絡繰兵と違い人間が早く動くには限界がある、それを補う技なのだ。

「!?!?」

 絡繰兵が戸惑いを見せた。

 ――かかった!

 絡繰兵もまた人間と同じく感覚を駆使して敵を追う、京はそれを経験で知っていた、が――。

「脅威と判断、離脱。戦力の低い戦闘員の排除を優先する――」

 感情が感じられない機械音声が聞こえてきたと同時に絡繰兵が京から逃げようと飛翔する。

「――なんてことッ!」

 赤い絡繰兵はショックを受けてその場に蹲っているアイシャに狙いを定めたのだ。

 京は反転し、アイシャの元へ急ぐ。そして――

騒乱斬撃サオルゥアンチャンジー――」

「ひッ……」

 赤い絡繰兵がそう言葉を発すると青龍刀を乱雑に振りかぶり、アイシャを襲う。

 アイシャは完全な恐慌状態に陥っており、動くこともかなわない。

「あ……!」

 アイシャの視界が鮮血に染まった、だが、痛みはない。

「……へへ」

 京が身を挺して庇っていたからだ、叫び声一つも上げずに。

 ――なんで? なんで俺なんか、庇ったんだ……?

 アイシャは混乱してしまっていた。もう京とは二、三か月は一緒に過ごしたが、信用していたわけではなかった。

 京は約束通り、役人に突き出さないどころか、話まできっちりつけてくれた。

 しかし、それでも怖かったのだ、自分の体面のために自分を弟子にしたのではないかと内心では恐怖していた。

「あ……」

 唐突にアイシャの脳裏に家族や使用人が絡繰兵たちに襲われた光景が過る。

 皆、アイシャにだけは生き残ってほしいから命を懸けてアイシャを逃がしたのではないか? それは京とて同じだと。

 ――ここまで俺の事を……。

 いまのいままで京を疑っていたのが馬鹿馬鹿しくなった。

 ならば、アイシャは今、どうするべきか?


「怪我してんだから、ババアはすっこんでろよ!」


 今ある脅威に立ち向かう以外、アイシャに選択肢はない。


 アイシャは立ち上がり、赤い絡繰兵を睨む。選手交代だ。

「……はいはい。それじゃ私はババアらしく引っ込みますかねェ」

 アイシャの口の悪さは照れ臭さからだ、だからケイも気にするなという風に意地の悪い返し方をする。

 余人には理解できないかもしれないが、これが二人のやり取りの仕方なのだ。

「アイシャ、頼むわね……!」

「あァ、任せとけ!」

 京はアイシャちゃん付けで呼ぶのは止めた。弟子の成長を感じたからだ。

 アイシャはそれに応えるため、紅き絡繰兵と対峙する――。 

 

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