第9話 虎は人食い虎ではなく――
「虎ってッ……!?」
――どこから……?
人食い虎は知恵が回るのが幸いし、軍の巡回ルートにはめったに近づかない。そこは京も把握している。
「何かあった!?」
しかし今回はまったく違っていた。それに虎は普段は、
「やるしかねェだろ!」
アイシャは前に出ようとするが、その虎といえば――。
「グゥルル!?!?」
しかし、虎は二人から逃げようとしており、こころなしか動きも鈍く感じる。
「まだ人を喰い足りねえってんなら、ここで手前を斃して――」
「待って、こいつは人を喰ってない」
はやるアイシャを京が手で制す。
「そんなのわかんのか!?」
「ええ、腐ったような血の臭いがあまりしないのよ」
臭いだと京は言った。アイシャが人を殺していないのがわかったのも無臭に近かったからだ。
もし人を喰っていたり殺していたなら虎にせよ人にせよ雑食ゆえの血生臭い悪臭を放つ。この虎にはそれがない、そしてこの虎は手負いだ。
「不必要に他者を殺めてないなら殺すべきではないわ。虎が人を喰うようになったのはこちら側に原因があるのだし」
人食い虎が人を殺すようになったのは人間が山林の開発を進め、人を恐れなくなったのが原因だ。
今はまだそこまでではないが仮に文明がさらなる発展を見せればそれは加速する。京はそれを見てきて実感していた。
「何かあったかは知らないけど、さっさと逃げなさい。怪我してるんでしょう?」
「ガル!?」
言葉が通じたのかは分からないが、虎は感謝の言葉の代わりなのか吠えてから、その場から逃げていった。
「……しっかし」
「なんだよ?」
京が首を傾げていると、アイシャが何かあるのかと訊ねてくる。
「虎って軍でも割と手こずるのよ。それを追い詰めるって、一体――」
しかし、逡巡している暇はなかった。
「動体一体が交戦範囲外から逃亡。再索敵開始」
奇妙な機械音声が聞こえてきた。
「
絡繰兵なのだが、京が遭遇し破壊してきたものと色が違う。燃えるような赤い色をしていた。
「……」
「アイシャ?」
絡繰兵を見たアイシャは虎と対峙していた勢いは鳴りを潜め、震えてた。
「あ……あ……あ……」
歯をギチギチと鳴らしてしまっている。
「やめて、殺さないで……、やめてよ……」
アイシャはその場にうずくまってしまう。
――なにかあった!?
どうやらトラウマが顕在化したようだった。アイシャが野盗にまで落ちぶれた原因が絡繰兵にあるのだろう。
「落ち着いて、あの絡繰兵は私が斃すから」
「あ……うん。ごっ、ごめんなさい……」
京がアイシャの頭になだめるように手をポンとおいてやると、落ち着きを取り戻したようだ。
「よし、いい子ね。あとは私に任せて」
「……」
アイシャはこくりと頷く。まるで小さな子供のようだ。
「しかし……」
絡繰兵を見る。今まで京が山中で斃してきた絡繰兵とは違うのだろうとはわかる。
虎を手負いにするほどに追い詰めているからだ。
「みんなに危害を加えようってんなら、壊すわ」
意を決した京は構え、拳を握る。戦闘開始だ。
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